映像の美しさと音楽の美しさを両方兼ねそろえた芸術品
冒頭の映像の美しさ
この映画は主人公であるフィンが海の中で魚をスケッチしているシーンから始まる。遠浅の海を泳ぐ魚、それを狙って低く飛ぶ海鳥…そういった風景が遠く広く映し出される。何か言うとカメラが近い!と思わせる映像が多い中、これはまるで一枚の写真としても十分満足させられそうな美しいシーンが強烈に印象的だった。
この映画は全体を通して、どこで止めてもその一コマが芸術的で、そのストーリーの神秘性を増幅させているように思う。
また言葉でさえ必要以上なものはない。フィンが助けた脱獄囚は始めこそ危険な風ではあったが、「爪をかむな」のあの言葉。あの言葉だけで、この脱獄囚がただの悪者ではないことを雄弁に語る。こういった余計な説明のなさ、秀逸なカメラワーク、芸術的な映像、こういったもののない映画が最近どれだけ多いことか。この映画もそういう意味で、さほど面白くない映画を観た後に口直しとしてよく観ている。
老婦人の悲しい思い出
ものすごい風貌をもつこの老婦人(ディンズムア婦人)だが、この人の悲しみは壮絶だった。30年前彼女は結婚寸前に捨てられた過去をもつ。しかもそのときすでに妙齢だった彼女の衝撃はその後の人生全てを狂わせたのだろう。人生そのものを否定された思いでずっと一人で生きてきたに違いない彼女は、タフさとシニカルさと諦めが同居している。彼女の言った「It’s my heart.It’s broken.」の言葉はあとでずっと生きてくる。
幼少期のフィンにとってこのお屋敷の体験は強烈だっただろう。老婦人の姪のエステラに連れられて屋敷内を案内される彼をとらえた映像の美しさはまるで夢のようで(てんとう虫がその象徴のようだった)、これはそのままフィンの心象風景のように感じられた。もっとも贅をこらしたお屋敷ではあるけれど、手入れが行き届かないのか荒れているところも目だった。だけどもそれをすべて美しい思い出となったに違いない。
フィンの絵の魅力
子供が書き散らした拙い絵にも見えるのだけど、個人的には彼の絵は素晴らしく好みである。ただの魚や人物画像なのにものすごいパワーがある。調べてみたらイタリアの新人画家らしいのだけど、絵の風合いというかそういうのがこの映画にぴったりで、色彩を鮮やかにしている。エステラにもジョーおじさんにもよく似てて、技術だけでない温かさも感じられて。それほど絵画に詳しいわけではないけど、好きな絵をあげることがあるときには、この映画の絵をよく口にする。
ジョーおじさんとフィン
私がこの映画でもっとも好きなのは、エステラとフィンが関わっているときでなく、このジョーおじさんとフィンが関わっているときだ。彼はフィンの実の姉の元恋人で彼とはなんの血縁もないのだけれど、フィンが成長しても彼をやさしく見守り続ける。
フィンの絵が成功してニューヨークで個展を開いたとき、ジョーおじさんはまっさきにかけつける。それも貸衣装屋で借りた野暮ったいスーツをきて。このときフィンはきっと彼を恥ずかしく思ったのだろう、でもそれをすぐに打ち消す。その感情は一瞬だったにもかかわらずジョーおじさんはそれを感じ、身を引き帰ってしまうあのシーン。今思い返しても切なくなる。そういう感情は誰にもあるだろう。嫌いになったとかそんなんじゃなく、母親や父親に対して娘息子が感じるあの恥ずかしさ。誰も悪くないだけに、余計切ない。
エステラの魅力
彼女は幼少期から妖しいほどの美しさをもってフィンをとりこにするのだけれど、大きくなってもその美しさは衰えることなく、ニューヨークでフィンと再会する。そしてそれに加えて、男に人生を台無しにされたディンズムア婦人の復讐の道具として育てられてしまった彼女は、男を傷つけずにはいられない。作中で、自身をさも「もうどうしようもない…」ように同情を誘う言葉がでてくるけど、それさえも信用することができないもはや魔性の女。なのにもかかわらず、美しすぎる。グウィネス・パルトロウ。後にも先にもこれほど美しい彼女を見たことがない。神秘的でさえある。大人になってなお、フィンがとりこになるのも無理がない。だけども、よくよく考えると、画家として成功したフィン、もっと引き手あまたであってもいいはず。エステラは美しいけれども、それだけ。そこまで執着するのかな、とは一瞬考えた。
結局フィンはパリに留学するというエステラに再度捨てられる(という表現が正しいのかどうかはわからないが)。ボロボロにされたフィンはディンズムア婦人のもとへに彼女の消息を聞きにいく。そしてディンズムア婦人に、子供のころにフィンが言われた言葉をそのまま返す。「It’s my heart.It’s broken.」と。このシーンは秀逸。完璧すぎる。(間接的にせよ)傷つけられた相手に自分が言われたことをそのまま返すことほど、相手にわからせる手段はないだろう。毎回鳥肌が立つ。
ただ、追いかけてきたディンズムア婦人に「なんてことを!」と怒鳴られて、ビクっと振り返るのはやめてもらいたい。イーサンホークのあのびびり方は本気なんじゃないかと思ったりする。(余談だが、彼の「あせる演技」「びびる演技」は毎回いつ観ても素晴らしい。)
最後に思うこと
もちろん子供のころに助けた脱獄囚とのくだりとか、エステラの婚約者とのくだりとか、たくさんストーリー性もあるのだけど、この映画の大事なところはその映像の美しさと音楽。ひとつの絵画をみるような感じだということ。だからそれほど話を追わなくてもただゆったりと眺めるだけでもこの映画の素晴らしさは伝わってくる。そんな映画は本当に稀だと言うことは言っておきたい。
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