三浦しをんの本屋大賞受賞作品 - 舟を編むの感想

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舟を編む

4.704.70
文章力
4.38
ストーリー
4.50
キャラクター
4.38
設定
4.63
演出
4.38
感想数
5
読んだ人
31

三浦しをんの本屋大賞受賞作品

3.53.5
文章力
3.5
ストーリー
3.0
キャラクター
3.0
設定
3.5
演出
3.0

目次

三浦しをんの名を一気に押し上げた、本屋大賞受賞作

『舟を編む』は、一躍作家・三浦しをんの名を世に広めた作品であろう。もっと詳しく語るなら、それまではちょっとした文学好きやライト層に名を知られていた三浦しをんの存在を、「本を普段読まない層」にまで認知させた作品なのである。

この作品は本屋大賞を受賞するに至り、舞台化された名作『風が強く吹いている』や直木賞受賞作の『まほろ駅前多田便利軒』と並び、三浦しをんの代表作とされている。

そもそも本屋大賞は、どういった立ち位置にあるのか。

そもそも文芸書というものには、さまざまな賞が存在しているのは誰もが知っているだろう。芥川、直木賞はもとより、山本周五郎賞や山田風太郎賞など、角川ホラー大賞にアガサ・クリスティー賞など、挙げればキリがないほどだ。

そのなかで、2004年という近年に設立された本屋大賞は、「書店員が選んだ面白い本」がもととなっている。つまり選考委員は出版社の編集者よりも読者に近い位置にある、書店員さんということになる。

このため、いかにも「読書家が選ぶ読書家のための賞」という印象が強かった、ややカビ臭いイメージのある芥川・直木賞とは異なり、本屋大賞はよりキャッチ―であり、テレビを中心にしたマスコミによく取り上げられているのを目にする。

マスコミの影響力と、三浦しをん特有の、読む人を選ばない軽妙な文章、そして「職業作品ブーム」ということもあり、『舟を編む』の名は瞬く間に世間に知られ、映画にアニメと、今でもなおメディアミックスが進んでいる。

知られざる辞書編集者の苦労

荒川弘が自分の著作を「(今まで描かれなかった世界を描く)すき間産業」だと言っていたが、三浦しをんの作風もこれに近いと思う。『神去なあなあ日常』で林業を、『仏果を得ず』では文楽を、『星間商事株式会社社史編纂室』では社史編纂部を描いているように、三浦しをんは己の類まれなる好奇心を武器とし、マイナーな職・仕事に就く人々を主役に据える。そしてその設定は、他の文学、女性漫画などとは異なり決して飾りでは終わらず、あくまで「○○という業種につく主人公とその周囲によるお仕事話」という主題に重きを置かれ、日常や恋愛は副題として置かれている。

この、“社会的価値観第一主義でありながら己の人生を楽しむ”キャラクターたちが、なんとも小気味よいのが三浦しをん小説の特徴だ。

さて、本作『舟を編む』は、辞書編集者の男性・まじめが主役の物語である。

本作を読むまで、筆者は辞書編集者の仕事なんて一ミリも想像もしたことがなかった。おそらく、多くの人がそうであろう。またなんてマイナーな職業を引っ張ってきたんだ……。

ところがどっこい、流石は三浦しをんである。どんなにマイナーな職業でありながら手抜きなく、辞書編集者の仕事を、読者にわかりやすくかみ砕き、かつその仕事にかける情熱を表現している。

辞書一つに、編集部・出版社の並々ならぬ思いがある。しかも『大渡海』が完成するまで13年と、またここでリアルな数字が出ている。

これらのことは、辞書を作っている人たちにとっては当たり前のことなのだろうが、我々素人は「すごい」「途方もない」「半端ない」と小学生並みの感嘆が口をつくばかりだ。

我々の知らない“当たり前”を“常識”に替えてくれる。三浦しをんには頭が下がる思いである。特に『舟を編む』のヒットで、辞書編集者の人たちは本当にそう思っているのではないだろうか。

ここからは筆者の勝手な意見になるが、この本は小学生や中学生に一度は読んでほしい、と思う。今の子供たちは、ネットで情報を集めるのが当たり前になってきている。それこそ、ウィキペディアを引くのが当たり前になっているだろう(それらの情報がいかに曖昧なものなのかも知らないまま)。

だからこそ、正しい単語の意味、用法を考える仕事、その責任の重さを細やかに表現した本書を読んで、いかに日本語を操ることが大変で、気難しく、奥深いものであるかを知ってほしいのだ。

このネットという“海”に漂う、有象無象のスラングを日常目の当たりにする現状を憂う老婆心ではあるが、筆者は切に思う。

世間の目には見えなかった功績

『舟を編む』には、実は刊行にまつわる隠された話がある。

『図書館戦争』などで知られる有川浩がエッセイ集のなかで明かしていたことだが、『舟を編む』が本屋大賞を受賞した当時、まだ本作は文芸書の体裁で売られていた。

これは少し異例のことで、大抵はこういった賞を受賞したときは、新規読者の手に取りやすいように文庫版として刷られることが多いのである。映画化した作品の原作を本屋で探そうと思ったとき、新品の文庫本が山積みになっているのを誰しも見たことがあるだろう。

だが、三浦しをんが、受賞のタイミングで文庫本にすることを拒否したのだという。

というのも、確かに文庫本にすれば、いっとき作品自体の売り上げが上がるが、それは文芸書の廉価版を取り扱うことになり、文芸書の存在価値を失わせる行為になる。それでは出版社・本屋、ひいては文学作家の後輩たちのためにならないということで、もっとも本が売れる時期に、三浦しをんは「文庫落ち」するのを避けたのだという。

目先の利益に捉われず、後輩と文芸業界のために文庫化を拒否した三浦しをんの心意気に敬意を表したい。

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