美しい少女をいかに美しく描くか
美少女と小説
桜庭一樹の作品といえば、大変美しい少女が主人公であることが少なくありません。『GOSICK』シリーズのヴィクトリカは誰もが人形かと見紛う絶世の美少女ですし、『私の男』の腐野花や『ファミリーポートレイト』のコマコなどは他の同級生と一線を画す大人びた魅力を持ち合わせていました。
しかし本作『少女七竈と七人の可愛そうな大人』では、その美しさ故に他を狂わせるほどの美少女が現れます。それが七竈です。
小説の主人公にここまでの美少女を持ってくるというのは、ある意味とてもリスクのあることです。ライトノベルであれば、誰もが惚れてしまうような美少女が登場するのは定石であるとも言えるでしょう。コミックでも、学校一の美少女、他の学校にも名が知れるほどの美少女は枚挙に暇がないほど存在します。ですが大衆文学においては、そこまで美少女を登場させるというのはあまりに安易な設定と思われてしまう恐れがあります。それゆえ、よほど作風が固まったベテラン作家出ない限り、この設定を成功させるのは難しいとも言えるでしょう。
成功例はもちろんあります。東野圭吾の『白夜行』『幻夜』などはその典型例です。絶世の美女がその美しさ故に周りを翻弄し、意のままに操る。自分の欲望のために他を支配し、その他大勢はただただ彼女の眼にとまるためだけに己を捧げる。そんな美しくも恐ろしい女性です。
その他には、例えば桐野夏生『グロテスク』。主人公は美しすぎる妹に人生を狂わされたといっても過言ではないかもしれません。あまりに余る美しさというのは周りさえ巻き込んで不幸にしてゆくものとして描かれます。
乾くるみ『Jの神話』では美しすぎる生徒会長が学園を支配する様子が描かれました。「面立ちが、整いすぎるぐらいに整っていた」「人種からして違っている」「そこだけ空気の色が違ってみえた」などありとあらゆる言葉で称賛されるその美しさに、学園中が夢中になり、寵愛を授かろうと必死になるのです。
このように、日本の小説で美少女が登場する場合は、えてして悪女であるという設定が多いように感じられます。
しかし、本作『少女七竈~』では、七竈には一切の悪意がありません。北海道の田舎で、美しすぎるが故に周りから遠巻きに見られ、それでも自分の進む道を必死で見つめようとするような、大切なものを守ろうとするような純粋で健気な少女として描かれるのです。
美しさと少女
「わたし、川村七竈十七歳はたいへん遺憾ながら、美しく生まれてしまった。」
「すごい勢いでどんどん、どんどん美しくなってしまった十二歳の秋以降、わたしには女の友人はまったくできなかった」
自分でここまで言うような少女など、七竈でなければ「性格が悪くて友達がいないだけでは・・・」と思ってしまうかもしれません。しかし七竈は、このセリフを自分で言ってもなんらおかしくないだけの美しさをまとっていることが端々から読み取れます(ハードカバーで読まれた方は、その表紙に描かれた七竈と雪風の美しさに感嘆されたのではないでしょうか)。
そしてその美しさを感じさせるのは、正に桜庭一樹の繊細な言葉選びにあります。特に七竈の古風なセリフ回しとリズムが、この美しい世界を構築しているのです。
「とんと、興味が」「なんとまぁ」「嗚呼!」など相槌がまるで昭和だったり、「キハはいいね。七竈」「うん、いいね。雪風」「ええ、ええ」と繰り返しリズムを取ったりします。これが実に絶妙で、七竈の美しさと雪風の静かさ、そして旭川の真っ白な世界まで見事に表現しています。
また、顔のことをあえて「かんばせ」と呼んだり、母のことを「おかあさん」と平仮名で呼んだりするところにも工夫を感じます。七竈とその他大勢のセリフ回しは明らかに異なり、普通に漢字を多用して話す後輩との対比によってより七竈の異質性が浮き彫りにされるのです。一見さらりと書かれているようで、桜庭一樹の絶妙な計算が見事に活かされています。
七竈の成長、そして旅立ち
物語の終盤で、七竈は自らの進路を決めたうえで母親に決意表明をします。
「わたし、赤いまま朽ちる、七竈の実にはなりません。わたしは熟して、食され、わたしを食って羽ばたいた鳥の、やわらかな糞とともにどこか遠い土地に種を落として、また姿を変えて芽吹く。そういう女になろうと思います」
こうして七竈はこの美しく白く冷たい町を離れ、東京に出ることを決意するのです。そして雪風も、もはや少年とは呼べないほど大人びて、自らの進む道を決めます。このように、自分が何者であるかはっきりしない時期を経て成長してゆくストーリーは、桜庭一樹の定番とも言えます。もしこの作品を読んで興味を持った方は、直木賞受賞作にして出世作、『私の男』を読んでみてください。父親の淳伍に依存し、小さな世界に閉じこもって生きる腐野花が、外の世界に出て行くまでを描いているとも言える作品です。
読者の誰もが通ってきた「思春期」という甘く苦い道を、ここまで美しく描き切る桜庭一樹から、今後も目が離せません。
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