迷路に閉じ込められる短編集。
短編の良さ
丁寧すぎると思った長編に比べて、短くなった作品たちは思い切り読者に寄りかかる姿勢を見せているなと思いました。最初の「春よ、こい」は読んでいてどういうことなのかさっぱりわからず、二度三度ページを行ったり来たりしながら読みました。登場人物が繰り返し同じ元に生まれてくる話で、未だに頭の中が整理できていません。むしろこのまま曖昧なままにしておくほうが作品の長所を生かすこそになりそうで、あえて分析するような読み方は避けようと思います。仲の良い女の子二人が将来娘が出来た時にお互いの名前をつける、という約束を何度も行います。生まれ変わって何処かのタイミングで交通事故に遭うのですが、その場面を悔いて現実の世界から少しかけ離れた世界へと展開します。想像上では真っ白い何もない空間で二人が身体を寄せ合い、永遠に続くよう過去を振り返ります。そして交通事故に遭わないよう工夫を凝らすのです。最近私は前世占いというものを試そうと思い、自己暗示を試みました。白い階段を降りて行って、どんどんと記憶を遡り、胎児を経て前世へと辿り着く。眠る前にイメージを意識しながら眠りにつくのですが、いかんせん寝つきのいい私には困難で、小学生の記憶に辿り着く前に眠ってしまいました。しかし、いつか不意にこの二人のように鮮明に、一本の永遠の魂で続くかもしれないと思うと、少しの恐怖を覚えますが、一度は全てを悟って生きてみたいとも思いました。短編の良さはここにあるなと思いました。読者の想像を持続させるヒントというか、質問ではないですが投げかけることによって自由に考えることができます。説明的すぎる長編作品もスッキリして良いのですが、短編の不可思議さをいつまでも味わえるのも良いなあと思いました。
感情が強い
短いので、インパクトが強烈です。わかりやすく起承転結がはっきりしているわけではないのですが、言いたいことをぎゅっと閉じ込めて、メインメインメインと攻め立てられているような幸福感が一気に押し寄せ、また嗜好の違うものが多いものだから、飽きることがありません。メイン攻めにあっても苦痛ではない。それが短編集の長所だなと思います。『図書室の海』というタイトルの短編集ですが、まさに引いては押し寄せる波のように物語が手元へやってきます。本好きには堪らないタイトルです。本に溺れるなんてとても素敵なことだと私は思います。物語の中を縫うようにして泳いで、時には流され、逆らい、凪を感じ、漂い、気がつけば岸に戻る。心地の良い時間が短いスパンで訪れるので、飽きがこないです。4番目の恋心の描き方が独特で、そんな表現の仕方があったのかと今までにない演出に巡り会い小説の深さを知りました。印象的だった文章が、「女の子は作られる。男の子や大人の目が女の子を作る。」確かに、とすごく納得しました。顔色伺いはきっと誰でもします。しかし、女の世界は独特で、他人の目をいちいち気にしなければなかなか生きにくい世界だなあと私も実感するところがあるので、それを見事に言葉で表現していて驚きました。私は夜のピクニックを読んだことがないのですが、ピクニックの準備という短編は長編の番外編だと聞きましたので、今度は長編を読みたいと思っています。こうした長編への呼び水のような作品も収められていて、恩田陸ワールドに引き込まれっぱなしの私は次に次にと手を伸ばしたくなりました。2番目のお話は一人の女性について見聞きした話を繋げています。怪しさ満点の雰囲気を裏切らない結末で、この作品が一番強烈で一番好きです。嘘か本当か真実はわかりませんし、小壜に入ったものが何だったのか定かではありませんが、その明らかにしない誤魔化しがまた余韻をさらに味わい深くする要素なんだなあと。
味噌味
昨今では男子を塩だったり肉だったりで例えられていますが、きっと味噌顏男子なるカテゴリーも生まれるのではないかと思います。私の中で恩田陸先生の作品は味噌味だと思っています。夏に冷やしたきゅうりに付ける味噌。暖かくいただく味噌汁。ラーメンに料理で使用する隠し味としての八丁味噌。色んな味噌があります。しかし、通じて言えることは塩っ辛いということと、深みがあるということ。大豆から生まれる味噌は日本人ならではの食材で、博識で知的な文章を作る恩田陸先生の日本語もしっかりとした自己主張するけれど深みがあり、攻撃的に鋭い強さはない。丁寧に時間をかけて作られているという印象を受けます。何を言ってるんだと自分でも思いますが、白味噌の柔らかな作品全体のイメージと、赤味噌のように濃く主張する様子が私の脳内でイメージされたので書かせていただきました。
恩田陸先生の知識量
ここまで色々なことに知識があるのか、恩田陸先生を調べればすぐにわかると思いますが、ここはあえてせず、先生自身をミステリアスな存在にし続けることも作品を楽しむコツかなあと思いました。また作品を読むにつれ、先生を理解することが作品の理解につながるような時がくると思います。それまではただ純粋に文章をなぞって、恩田陸先生の世界観に浸れたらと思います。
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