眠れない夜に。
同棲生活
何でしょうかね。ゆるいお話です。小さな悩みです。当事者にとったら大事なのかもしれませんが、他人から見れば思わず笑ってしまう、そんな和やかな作品です。この作品を読んであることを思い出しました。結婚当初、旦那との不和を深刻に考え、友人に打ち明けた時に笑い飛ばされたことがありました。今でこそ旦那の愚痴を言ったにすぎない出来事だったと受け止められるのですが、人間初めて我が身に起こることは深刻に考えがちですね。夜も眠れず、旦那にも余所余所しい態度でとても家庭が居心地の悪いものになっていました。しかし、他人から見れば笑い話なのです。あるあるネタと言いますか、みんなそれぞれの家庭で、夫婦間で経験していることなのだとその時言われました。当たり前です。別々の家庭で育ち、土地で暮らし、習慣や価値観はまったくと言っていいほど違います。それが当たり前なのです。お互いの着地点を一緒に暮らすことで見つけていけばいいんだと今なら思えます。しかし、この作品の主人公もまた可愛らしいですね。こんなことで悩んでいる時間があることが羨ましくさえあります。同棲して僅か一ヶ月。主食がパンの恋人の家に転がり込んで甘い生活を夢見ていたのでしょう。現実と理想とのギャップに戸惑い、恋人の反応を気にしては言いたいことも言えない。同棲する意味がまったく感じられないのですが、しかし、好きだから一緒にいたい、なんてまだまだ若いなあと。主人公の視点で描写される場面と、恋人の視点で物語が進む場面と、交互に切り替わって話は進んでいきます。同じ時間を過ごしているという繋ぎ方がされているため、今主人公が思った、言ったことに対する恋人の気持ちが書かれていてわかりやすいです。わかりすぎてしまうという短所でもあるのですが、とっても短い作品なので、こういった書き方もありだなと思いました。(自然に、とてもスムーズに、については割愛させていただきます。)
絃
恋人の絃は仕事を始めてやりがいと責任感でも生まれたんでしょうか。学生時代と違って変化があり、仕事に打ち込んでいます。その努力が実って営業の成績もいい、そして慣れてきたことによるミスでだいぶ落ち込んでいる状態です。そんな彼の帰りを待ち、自分の欲している反応を要求してくる主人公に多少なりともうんざりしています。しかし愛情がないわけではないですから、同棲を解消するという選択肢は今の所ありません。だからといって自分の生活スタイルを大きく変えようともしません。絃らしいです。情に流されず堅実に仕事に取り組む姿勢は見習いたいものです。「軽い失敗は脳の仕様」と父親から話を聞いていた絃は、身に降りかかった自分のミスを必死に受け止め納得しようとします。本当は辞めてしまいたいけど、転職先も望めないし、現状維持しかない、と自分に言い聞かせます。なるほど、と思いました。許容を超えてまで無理をさせない脳みそは実に万能ですね。彼は彼で主人公にこうした辛い思いを支えてもらいたいと思っています。しかし、絃は主人公が自分に求めていることの多さや大きさを知っているため、あえて言いません。ここまで書いてなぜお互い口を閉ざして苦しんでいるんだろうと。生き難くないのかな、と思いました。これも若さなんでしょう。相手によく見られたいと思うからこそだなあと自分の過去を振り返っても思います。絃の地に足つけて、大きく主人公を受け止めようと静かにもがいている姿が可愛らしいと思います。
全69ページ
絃が眠りについた後、主人公は眠れずハーブティーを飲みます。そこにすったしょうがと砂糖を入れます。ここでタイトルのしょうがの味は熱い、という一文が出てきます。綿矢先生はタイトルを作中に書くことが多いです。これも一つの読み方ですね。タイトル探し。そのハーブティーを飲む前に絃の家を出ることを決意します。もう一度知らない女に戻った方がいいのだろう、と。主人公が初めてこの作品で成長した瞬間でした。ああ、結局うまくいかないで終わるんだ、と思ったら、絃にここにずっと、いっしょに住むんだろ、と言われてうんと答えます。さっきの決心はなんだったんだ、と笑いそうになりました。けれど、この言葉を一番望んでいて、今欲している唯一の言葉だからこそ二つ返事でうんと答えたんでしょう。素直でいいと思います。本当は彼と一緒に暮らしたいんですから、気持ちに素直に行動がとれるとことが主人公の可愛らしいところですね。明日のために眠る絃と、今日を終わらせるために眠る私。そう対比させて主人公は自分たちの関係を捉えています。この違いはきっと当分は変わらないでしょう。もし主人公が定職につき、絃と同様仕事に打ち込むようになったなら、彼女も眠ることの捉え方は変化するでしょう。しかし、現状維持、なんだと思います。この二人はとりあえず今のまま一緒にいることが望ましい。もしこの先行き詰ることがあれば、その時また考えればいいように思います。微笑ましい恋人たちの作品でした。
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