蹴りたくなる気持ちってなんだろう?
主人公に共感できるか?
「蹴りたい背中」は、芥川賞を最年少で受賞した19歳の作家・綿矢りさの作品。若い彼女が、自分と年代の近い女子高校生を主人公とした世界観が描かれています。
主人公のハツから見た現実が、細やかな描写と独自の書き方によって、心の動きや考えている事が身近に感じられ、まるですぐ側に主人公がいるような感覚になる作品です。あまり展開は無いけれど、人の心を覗き見しているように、読み進んでいくのではないでしょうか?
しかし、主人公の言葉は、単なる愚痴とコンプレックスを見せつけられているだけなので、不快に感じます。何も自分では行動を起こさないのに、客観的に他人や物事を見て、批判したりいじけたりするハツの姿は、主人公にふさわしい登場人物なのかと、疑問を感じました。
そんなハツに対して先輩の台詞「あんたの目、いつも鋭そうに光っているのに、本当は何も見えてないんだね」という言葉は、ハツに対して唯一スッキリとした台詞と言えるでしょう。
苛められたわけでもない、中学校の友達だって気にかけてくれる。いつの間にか、自分だけがクラスの仲間から浮いてしまった不甲斐なさを、冷静に上から目線でみることで、何とか自分の位置を確保しようとしているハツが、あまりにも情けなく思えてなりません。主人公の気持ちを感じる事はできるが、あまり共感できませんでした。
苛めたい気持ちと、好きな気持ち
「蹴りたい背中」の核となるのが、自分と同じような存在のにな川君です。オリチャンのファンでオタク、クラスで浮いた存在の彼を、自分よりも下の存在として見ていたのですが、やがて、とても気になる存在へと変わっていきます。
ここで、一つの混乱を感じます。素直ににな川を好きになるのではなく、ハツは、にな川を苛めたくなるのです。タイトルにもあるように、彼の事を蹴りたくなる気持ちが、強く出てくる事です。
好きである気持ちと、苛めたくなる気持ち、相反する気持ちにハツは、戸惑いを覚え親友の絹江の言葉「ハツは、にな川の事が本当に好きなんだねっ」の台詞に、感情との落差にゾッとしたと書かれています。
確かに、絹江の言っている通りハツの行動や気持ちは、にな川に対しての好意抱いていると思うのですが、主人公のハツは好きと言う気持ちの落差にゾッとするのです。このハツの感情に疑問を感じずにはいられません。作者は、にな川を自分の分身と思い背中を蹴りたくなる気持ちを作りたいのか、にな川に好意を寄せるハツを築きたいのか、定まっていないのではないのかと思います。
しかし、このハツの気持ちを考えて行くうちに、一つの考え方が生まれました。ハツは、冷静で、客観的に見ている自分がいると思ってますが、実はまだ大人に成長できない未熟な心を抱えていると推測され、それは未発達のような場面から想像できます。意識が薄い、記憶がない、回りを見てないのでコードに引っ掛かる。このような子供がするような場面から、ハツの幼児性が伺われました。
そんな子供の部分を抱えたハツは、好きという気持ちと、苛めたいと気持ちを混同しているのではないでしょうか?幼い男の子が、好きな子を苛めたり、好きな子のスカートめくりをしたりする未発達な心の部分を、描いているように思えます。
ストーリー性は感じられない
出来事は、ハツの視点が中心となり描かれていますが、ストーリー性は乏しく、主人公であるハツの成長も感じられません。変わっていくのは、ハツの回りの人物である、にな川や、絹江なのではないでしょうか?愚痴愚痴と悩んでいるハツの視点から物語を進めて行くよりも、絹江側からハツをみた方が、正統派の物語となりそうだと思いますが、やはり斬新だという点では、芥川賞作品である「蹴りたい背中」ならではの持ち味なのかも知れません。
場面の描写は逸品
ストーリー性や、キャラクターなどには、あまり好感を持てませんでしたが、場面や描写は、作者独自の表現力がとても際立っていました。
読者は見た事もない、にな川の部屋を目に浮かぶように描き、学校、体育館、コンサート会場、オリチャンのいた無印のお店など、まるで、目の前にあるように書き連ねています。作者の文章表現には、見たものを視覚からだけの表現ではなく、匂いや聴覚からも取り入れ、それらを言葉を持って巧みに操っています。ビリビリとやぶる音、いやな汗臭さ、香水の匂いなど、見るだけの表現ではなく五感をフル活用した表現方法は、作家としての彼女の力のなせる技だと思いました。
コミュニケーションの大切さ
この本から学ぶべき物の一つとして、人と人のコミュニュケーションの大切さが上げられます。ハツは自分の殻に閉じこもり、周りとのコミュニケーションを嫌がります。しかし、気になって仕方がない彼女は、自分で物事を憶測し考え、自分なりに相手の心理を理解していると感じるのです。でも、それは正解ではありません。実際に人と話コミュニュケーションをとり、人間に触れ、相手を感じ、やがて理解しあえることになるのです。他人の考えている事など、とうてい理解できないものなのかも知れませんが、コミュニュケーションや触れ合っても見ないで、決めつけてしまうものではないと、感じました。
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