アフターダークの評価
アフターダークの感想
この作品も深読みはよそう。そもそも深読みするものなんてないんだから
作品背景本作品は村上春樹の長編小説としては11作目にあたる。2004年発表にしており前後の作品は海辺のカフカと1Q84だ。1999年発表の「スプートニクの恋人」についてそれ以前の自分が用いてきた比喩的表現をこれでもか、と使用しそれを総決算として表現方法を変える、という趣旨のコメントを出しており、それ以降の発表作品でいうと2作目に当たる。それ故、作家として新たにやりたい表現を追求している時期と思われ、語り口調を明確に登場人物ではない、映画の視聴者のようなポジションに置き、表現も画像を強く意識している。また村上氏は1995年に起きた地下鉄サリン事件をはじめとするオウム真理教に関連する出来事や、阪神淡路大震災に強い興味を持っており、「スプートニクの恋人」を前後して明らかに闇や、悪の書き方が変わっている。それ以前は個人を死に至らしめる「人間に内在する弱さ」などを抱えた登場人物とその闇から大事な...この感想を読む
日常でありながら非日常な物語
カメラワークのような文章表現小説の語り手は、一人称にせよ三人称にせよ登場人物だったり、神の眼といわれる神視点からのものと二つに分かれると思っていたけど、この物語の始まり方は、その誰でもないいわばカメラワークのような、映画でいうと、色々な場所や人物をカメラが舐めていくようなそういう不思議な始まり方をする。その視点が登場人物でない以上神の眼になるのかもしれないけれど、すべての文章が現在形で書かれているため、動きながらのような視点を感じさせ、余計にカメラから見るような感じがするのだ。この理由は後で分かることになるのだけど、このような文章は村上春樹の中ではなかったように思う。その不思議は始まり方のせいで物語から眼が離せはしないものの、登場人物の眼から見ていない以上感情移入がしにくい。しかしその分、客観的に物事を見ることはできる。とはいえ映画ならまだしも、このような表現は小説ではデメリットが生じ...この感想を読む
不思議な読み心地
いわゆる多数派の村上小説らしさは全て消されていて、それでいてどこか春樹ワールドに引き込まれたような。村上氏の「僕」からみる視点は存在せず視点は様々なところに表れます。どこか演劇のような表現と共に登場人物像が綺麗に映し出されていました。たった一夜の出来事が一冊の本になっていてそれでいて最後には何も解決しない。しかしその夜は確実におこったのだ。しかし夜明けは確実に近づいているもどかしさ。ラストまではあっというまです。そこはさすが村上氏文章が美しくそぎ落とされていてそれでその上人物の表現、空気感が不快感を感じさせるものが一切無く、一気に読まされてしまった!!といった感じでしょうか。