何かをわかっているということと、それを目に見えるかたちに変えていけるということは、また別の話なのよね。そのふたつがどちらも同じようにうまくできたら、生きていくのはもっと簡単なんだろうけど
高槻小夜子
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阪神大震災の後、その影響を受けた人々がどのように暮らすか、という短編集。地震のあとで、というタイトルで雑誌に掲載されたものと、書下ろしが1篇。阪神大震災の後の話なのに、関西に住んで実際に被災した人が出てこない。これは、たくさんの人々にとって共感できるポイントだと思う。阪神大震災のとき、日本に住む半数以上は被災しなかった。テレビや新聞で、崩れ落ちた街をみて、恐怖を感じたり、驚いたりしていた。この本に出てくるキャラクターたちも同じだ。震災のニュースをみて、他人事のように思ったり、怖くなったりしている。または、別れた家族の心配をしたりする。私的には村上春樹の短編集の中で、唯一、すべての話に好感が持てる作品。
阪神大震災の後、震災をバックボーンとして抱えた人々の織りなす短編集。海外でも多数翻訳されているそうですが、とても読み応えのある一冊です。直接震災の被害に遭った人というより、震災を軸に、波状的にその影響を受けた人々が描かれています。「アイロンのある風景」の浜辺で焚き火を囲む人達や、「タイランド」の「内側に石を抱えた」女医とガイドの男性との邂逅、「かえるくん、東京を救う」の思わぬ、圧倒的な詩的昇華の結末など、とても心に残る作品が多いです。物語の結末に、ある種の意思を決定づけることを極力避けるのが村上春樹の特色、とも思うのですが、この作品集においては、「蜂蜜パイ」のラストで、珍しく登場人物が「誓う」シーンがあります。ここに、少なからず春樹氏の祈りのようなものが投影されているのではないか、と邪推ながら思ってしまいました。
高槻小夜子
同じ人を好きになった親友に先を越され、大学へ来なくなった主人公の元を訪ねてきた片想いの相手が、いつまでも煮え切らずに時期を逃した主人公を暗に残念がるシーン。