お涙頂戴ではない、冷静かつ率直な親子の実像
井上靖が実母の老年、晩年について描いた小説。 エッセイでも日記でもなく、きちんと物語の体裁をとって、母親が老い、惚けていく姿を冷静に綴っています。 読書感想などを見ていると「冷たい」という感想が多いようですが、井上靖と母親のあいだには確執とはいわないまでも、生育期に隔たった過去があり、メロドラマ的にならないのは書き手の息子の側の問題ではなく、ふたりの関係性によるものと思われます。 そうはいっても、記憶が薄れていくことへの克明な気づきは、作家の観察眼ならではだと思いますし、それゆえに起きる戸惑いが随所に表れ、むしろ率直な親子の姿だなあ、と感じました。 そして、人って死ぬ間際まで、何十年も前のことをひきずるんだなあーとも。 お互い年を重ね、子孫が大きくなっていくような頃になっても、ぎくしゃくしたものが残るものなんですねえ。 映画化されて、ずいぶん「美しい親子愛」みたいにされちゃったようですが、そういう話ではありません。 ですが、露悪的でなく、率直なある親子の実像が見える、落ち着いた読み物だと思います。
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