編年体の歴史記述とは異なった方法で、史実や人物像の相対性、客観性を保証するための試みとして書かれた、井上靖の長編歴史小説「後白河院」
史観という衣装をはぎ取ってみる時、歴史とはひどく孤独な、それでいて人間臭いものではないだろうか。華やかな大義名分の陰には、血生臭い抗争があり、また、勢力関係の隠微な変化が呼び起こす時、昨日の友が一夜にして敵に変わってしまうことさえ、稀ではないと思います。井上靖の「後白河院」は、平安時代末期の保元・平治の乱を起点として、源頼朝が武家政治を確立する、鎌倉幕府成立期までの数十年間を、当時の政治の中心人物のひとりであった、後白河院の周辺にいて記録を残している平信範、建春門院中納言、吉田経房、九条兼実の四人の公卿、それぞれに語らせた四部構成の形態を取った作品です。語り手が、後白河院の側近の人たちですから、直接に描かれているのは、院政のもとでの裏面史であるとも言えなくはありません。しかし、新たに興ってきた武士の勢力は、朝廷あるいは公家の対立勢力であり、さればこそ、公家の文化の残像を代表している人々...この感想を読む
4.54.5