警察小説の名手・横山秀夫の「臨場」 - 臨場の感想

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臨場

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文章力
4.25
ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
4.25
感想数
2
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警察小説の名手・横山秀夫の「臨場」

3.53.5
文章力
3.5
ストーリー
3.5
キャラクター
3.5
設定
3.5
演出
3.5

警察小説の名手・横山秀夫の「臨場」は、八つの短編からなる連作で、首吊り自殺を偽装した陰惨な殺しの場面から始まる第一話を筆頭に、どの話ものっけから、我々読む者の心をがっちり捉え、有無を言わさず、物語の中に引きずり込んでいく。

事件が起こる。死体が見つかる。自殺か他殺か事故死か。検視官が臨場、つまり現場に赴いて判定する。そして、この八編全てに登場して、いわば狂言回しの役を果たすのが、"終身検視官"の異名を持つ倉石義男だ。

鋭い勘と冷徹な観察力により、適格な判断を下し、犯人の目星をつける。生き物の生態に詳しく、現場に置かれた鉢植えのサルビアやスズムシの籠、遺体があった花壇のアリッサムの花なども、捜査の手がかりにする。また、ドアの音、室内の臭い、被害者の衣服に付いた埃など、どんなささいな証拠も見逃さない。

短いながらも、どの話も上質のミステリの要件を満たしている。そして、全編にさりげなくヒントが散りばめられ、緻密な伏線が張られ、読み進むうちに意表をつく、だが納得のいく結末にたどり着く仕掛けだ。

心理描写も見事で、捜査にあたる警察官は皆、個人的な事情や、組織の一員としてのしがらみや思惑を抱えている。上司への気兼ね、出世への野心、ライバル意識。そうしたものと、任務を全うするための使命感、正義感との葛藤が、きめ細かく描かれている。

組織内での立場や保身を常に意識している警察官たちの中で、誰にも媚びず、言いたいことを言い、思うがままに行動する倉石は、異色の存在だ。情とは無縁の、一匹狼の印象が強い。だが、その倉石も十年前に自分の下にいた、元女性警察官の死の真相を探るため、初の黒星となることがわかっていながら、敢えて自殺を他殺と判定する。それが、かつての部下への、彼なりの手向けだった。

英米のミステリと比べると、作品中の空気が、湿り気を帯びているように思える。そのしっとりとした、情の世界が心地よく感じられるのは、日本人としてのDNAのせいだろうかと、ふと思った。

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