夫の恋を黙って見ていられますか - 天鵞絨(びろうど)物語の感想

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天鵞絨(びろうど)物語

4.004.00
文章力
4.50
ストーリー
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キャラクター
4.00
設定
4.00
演出
3.50
感想数
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夫の恋を黙って見ていられますか

4.04.0
文章力
4.5
ストーリー
4.0
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
3.5

目次

恋と憧れの境界線

昭和の初め、戦争の足音がひたひたと聞こえるご時世でも、上流階級は結構のんきだったんだなぁというのが第一印象。この優雅で哀しい物語のタイトル…『天鵞絨物語』は、内容にとてもよくマッチしている。なめらかで、手触りの良いしっとりとした重み。品子の心の動きが、その襞のように物語が進んでいく。美しい日本語の会話がエレガント。一度は使ってみたい「よろしくてよ」って言葉。

子どもの頃から憧れていた人…その人と結ばれて夫婦になることができたら、物語はハッピーエンドといえるのかもしれない。人を好きになるとき、その人のどこを好きになるのだろうか。どこが好きと考える時には、もう恋に落ちているのか。品子は、子どもの頃から泰ちゃんが好きだったけれども、それが恋に変わって、やがて愛になっていくのがこの『天鵞絨物語』だ。品子は、ただ、泰ちゃんのことが好きで好きでどうしようもなかったけれども、その想いが恋に変わったのは真津子のことを語る泰ちゃんを見たときだろうと私は思う。その時の嫉妬が恋を生んだのだ。焦りもあっただろう。このままでは、泰ちゃんが真津子に取られてしまうかもしれないと。しかし、泰ちゃんが悔いて悩む相手は真津子ではなくて、自らの過去とその噂だったのだ。きっと、品子はその過去ごと受け入れてあげれば、泰ちゃんを自分のものにできるのだと計ったのだけれども、泰ちゃんは一筋縄ではいかなかったな。うーん、品子との結婚を決めた時点では、泰ちゃんも過去にまつわる忌まわしい噂が消え去ればいいと思ったのかも知れない。それとも、泰ちゃんの頭の中では、過去の噂こそが真津子にプロポーズできない後ろめたさだったのか。それとも、義母との関係は事実だったのか。それゆえに、自分を汚れた男と称したのだとしたら、もうその時から品子の気持ちを利用していたとも考えられる。でも、やっぱり品子のことは、それなりに好きだったのだと考えるのが普通かな。好きな男が自分の前で弱味を見せて泣く…これは品子にとって千載一遇のチャンスだった。

夫のわがままをどこまでも受け容れる不思議

そのチャンスを上手いこと見逃さず、がっちり泰ちゃんの心をゲットしたつもりでいた品子。結婚までの日々が一番幸せだったのだと思う。泰ちゃんは結婚式に真津子を招待することを品子に詫びている。結果的に真津子は出席しなかったけれども、真津子のことを忘れなければと自分に言い聞かせていたのだと思う。泰ちゃんの気持ちは品子に傾いていたのかな。品子とて、まさか結婚してまで真津子に想いを寄せているとは思うまい。健気に泰ちゃんに尽くしていたのだから。でも、品子、甘い、甘いぞ。泰ちゃんは芸術家なのだ。ヨーロッパ帰りなのだ。日本の常識は通用しない。真津子のために曲を作っていることを知って、どんなに屈辱を受けただろうと思うと可哀想で…。でも、愛って強い。相手が誰を好きでも構わない。だって妻だもの。妻の座こそ最強。私はそう思っていた。けれど、この夫婦に至っては「惚れた弱み」という言葉がぴったり。品子は泰ちゃんの真津子への想いを黙って見ていることしかできない。

真津子の天然っぷりも頭にくる。品子に向かって「これが恋なのかしら」と訊ねる無神経さ。「だんだん仲良くなっていくわね」と夫の思い人に言われた妻の気持ちは想像に耐えがたい。普通の女性だったら、怒るところだが、泰ちゃんへの想い故に品子は我慢する。わがままいっぱいに育てられたお嬢さんの品子は現実を受け止められないよね。それでも、泰ちゃんが自分の元に返ってくると思えば耐えられたのに…。真津子の逮捕と自殺未遂が、2人を同じ位置に貶めたのか。それとも、本気で騎士になるつもりだったのか。2人の満州行きになぜ品子は置いて行かれるの?こんな馬鹿な話はないわ。ただ、真津子の母親の「世間なんてどうでもいい」という覚悟が胸を打った。母親ってそういうものだ。

品子は瑠璃子を愛することができるのか

予想通り、騎士だの、そういう関係ではないだのと言い訳をしていたが、戦争が終わって泰ちゃんは子どもを連れて品子の元に返ってくる。もうその頃には、品子はお嬢さんじゃなくて強い女になっている。私はそうさせたのは岩田なのかもしれないと思った。愛していない男の妻になったことが、品子の最大の我慢だった。人は望まれて嫁に行けば幸せになれるというかもしれないけれども、やっぱり私も好きな男と結婚したいと思う方だ。泰ちゃんの後の男なんて、品子にとっては誰でも一緒。でも生理的に無理な人って少なからずいる。

もう、ラストでは品子は泰ちゃんをあきらめている。私も泰ちゃんは帰って来たとしても腑抜けになっていると思う。真津子との子どもと品子はどんな関係性を作っていくのか。うまくそれができたら究極の愛だ。瑠璃子の成長過程に真津子を見るだろう。それでも、瑠璃子を育てることがこれからの品子の生きる意味になる。いつまでも、真津子がそばにいる。

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