自分の存在はボトルネックか否か
自分が存在しない世界というパラレルワールド
第1章で、東尋坊にいたはずのリョウが金沢市で目が覚め、家に帰ると本来存在するはずのない、流産されたはずの姉サキ(ツユ)がいる。家に見知らぬ女性がいて、自分の言っていることがおかしい気がする、というところまで読んで、「またパラレルワールド系の話か。」という印象でした。目が覚めたら別の場所や世界にいて、自分が存在するはずの世界とは何か違う、というのは割とありきたりな話ですよね。ただ、流産したはずの姉が存在し、自分が存在しない世界とはそれ以外の家族構成や街並みなどが変わらないパラレルワールドというのは新鮮な気がしました。
誰しもが「もし自分がいなかったら」という想像はしたことがありますよね。自分がいない世界はどうだったのだろう、自分がいてもいなくても世界はそんなには変わらないけど、変わるとしたら何がどう変わるのだろう、ということを考えたことがある人は多いのではないでしょうか。そういう意味でも自分に置き換えて考えやすいストーリーだったように感じます。私はといえばこの話そのままに、流産された兄または姉がいて、その兄弟が存在すれば自分は存在しないはずだったというまさに同じような状況だったので、自分自身をそのままリョウに置き換えて考えてみることができました。
自分(リョウ)が存在する世界では両親不仲、兄死去、彼女も事故で死亡、という絵に描いた様な不幸な環境と、サキの存在する世界がどう違うのか興味を持ち次の章に進むことができました。
自分の世界との間違い探し
サキの世界とリョウの世界の違いを見つけることを「間違い探し」とサキは言いますがリョウと同じく違和感のある言葉でしたね。何か違う点があったとしても「間違い」ではないですよね。どちらの世界も。しかし実際にその間違い探しをしていく中でリョウは自分の世界が、というより自分自身の存在が「間違い」であるように感じていきますよね。
様々な局面で自分の言動がこんな風に影響を与えるのかとまざまざと感じさせられることばかりでしたよね。ダブル不倫の末の夫婦の壮絶な喧嘩の仲裁に入ったリョウとサキのそれぞれかけた言葉によって変わった自分の両親の未来。絶望の淵に立ったノゾミにかけた、それぞれの言葉によって変わったノゾミの未来。そのようなものの積み重ねを見ていく中でリョウは自分が自分の世界の「間違い」だったと感じます。悲しい話ですよね。
自分がいる世界と、自分がいない世界の未来がこんなにも違い、いなくなったはずの人間がそのままいたり、もはや修復可能と思われた両親の夫婦仲が修復されていたりするのを目の当たりにすることほど残酷なことはありませんよね。どんな人間でも「自分さえいなければ」と考えてしまう状況で、読んでいてとても切ない気持ちになりましたね。
ボトルネック
本文にボトルネックの言葉の意味があり、「全体の向上のためには、まずボトルネックを排除しなければならない」とありました。最初に本作を手に取った時はボトルネックの意味はなんとなく知っていて、読み進めながらボトルネックとなんの関係があるのか疑問でした。
読んでいく中で「ボトルネック」=「リョウのいる世界のリョウ」ということに気づいたとき鳥肌が立ちましたね。全体の向上のためにはボトルネックを排除“しなければならない”ですからね。したほうがよいという推奨ではなくしなければならないという強制ですもんね。
「サキがなんでもないことのように享受しているものは、僕が永遠に失ったものばかり」。
これが一番の間違い探しの答えだったのかもしれないですね。嵯峨野家の周りの世界の輝きの違いはリョウがいるかサキがいるかだけ。リョウがいる世界ではサキは生まれることができず、サキがいる世界ではリョウは生まれることができないという皮肉。リョウがいなければ築かれた世界。リョウがいれば築かれなかった世界。こんなにわかりやすく自分の存在が否定されれば「生まれてこなければよかった」と思うのは仕方ないような気がしますね。間違い探しをすることで周りの色々なものを様々な角度から「自分がいるよりサキがいる世界のほうがいい」ということを思い知らされていれば精神的にやられますね。自分だったらと思うと怖いですね。
まとめ
冒頭の部分では死んだノゾミの事故の謎が解き明かされていく話なのかと思っていました。
ただ、実際にノゾミの死の原因を知るよりも残酷な話だったという感想ですね。自分がいなければノゾミは死ぬことはなかった。ノゾミを救ったのは自分だと思っていたがまったく救っていなかったし彼女を救う役目は誰でもよかった。なぜ主人公がこんなかわいそうな結果になるのかとても切ない気持ちで読んでいました。残酷すぎて。
冒頭と同じくらい最後の一文は印象的でした。絶望を背負ったまま生きていくか迷っているリョウに対しての母(と思われる人)からのトドメをさすようなメール。最後まで記述はされていませんが予測できるような終わり方でしたね。主人公のリョウに感情移入してしまうと悲しいという感想しか出てこない作品でした。
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