浅見の個性を再確認できる作品 - 薔薇の殺人の感想

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薔薇の殺人

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文章力
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ストーリー
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演出
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浅見の個性を再確認できる作品

4.04.0
文章力
4.5
ストーリー
4.0
キャラクター
5.0
設定
3.5
演出
4.0

目次

薔薇の殺人というタイトルは、西村京太郎氏の作品にもあり。

内田氏の薔薇の殺人を読んだのが、ちょうど西村京太郎氏の薔薇の殺人を読んだ直後だったので、同じタイトルで驚いた。

内田氏は、作中にタカラジェンヌを扱っていること、宝塚の演目であるベルサイユのばらが由来のようだが、西村氏の方は被害者の花の好みからきているようだ。偶然一致した時には特に何も考えず、薔薇=男装の麗人オスカルの象徴というイメージから、何となく同性愛や女同士のいざこざが薔薇に象徴されるからだろうと簡単に考えていた。

しかし、実際には薔薇は男性の同性愛、百合が女性の同性愛を示す言葉と知り、同性愛や男装の麗人は無関係で、ベルサイユのばらや作中の設定だったり、抽象的ではあるが美しい薔薇にある棘から、女性の怖さを両氏とも表現したかったのかもしれない。ミステリーの巨匠としてはライバル同士の内田氏と西村氏が、同じタイトルで全く趣向は違うが女性同士の鬱積をテーマに作品を執筆しているのは非常に興味深い。

浅見の毒舌が光る、間抜けな親戚の聡とのやりとり

浅見からすると母親の従兄の孫という、親戚としては遠い緒方聡という青年が、名探偵浅見に助けを求めてやってくる。血統が遠いせいなのかどうかわからぬが、しっかり者の雪江の側の親戚とは思えぬ間抜けな聡(入学した大学自体は一流)は、その間抜けっぷりのせいか遠目で片思いの女子高生を見つめていただけで事件に巻き込まれてしまう。

浅見は基本、あまり親しくない人や初対面の人には丁寧に接する方が多いと思うが、軽井沢のセンセやこの聡には、かなり毒舌で接しており、聡については心の中でアホかとまで罵っている。

事件の序盤にコミカルなやりとりがされる作品に、紫の人殺人事件があり、浅見と軽井沢のセンセのやりとりが漫才師のようで非常に面白い。薔薇の殺人のあとがきによると、紫の人殺人事件と薔薇の殺人は同じ年に描かれた作品のようで、内田氏自身、殺伐とした部分だけではなくクスッと笑えるようなシーンも積極的に作品に取り入れていた時期なのかもしれない。

重厚な社会派を思わせる始まりの作品も良いが、一見ミステリーか疑わしいくらい面白おかしい部分があっても良いし、それが浅見の人柄を知るきっかけにもなる。内田氏の作品の幅を思わせる手法と言える。

浅見の異常なまでの執念

内田氏のデビュー作の死者の木霊などを読むと感じるのが、松本清張氏の砂の器へのリスペクトと影響である。以降浅見シリーズにも、時折地元刑事の口から砂の器の話題が出たりするが(例:浅見光彦殺人事件では、広島県警の川根が犯人の心理を説明するのに例として砂の器を挙げている)信濃のコロンボ竹村警部や、浅見の真実を追い求める執念は、どこか砂の器の今西刑事を彷彿とさせる。

特に薔薇の殺人では、昭和時代にありがちだった新聞や雑誌の活字を切り抜いて作った脅迫状が登場するが、浅見はその活字の出元がどこか見つけるという、気が遠くなるような作業を一人でやり遂げている。

この凡人離れした集中力と執念は、今西が炎天下の中、犯人の証拠隠滅に加担した女性が電車から撒いて捨てた証拠の衣類を拾い集めるシーンを思い出させる。

こういった気の遠くなるような根気のいる作業が、必ずしも大きな犯人逮捕への決定的証拠に結びつかないこともある。散々調べた結果、調べた場所には疑わしいものはないという、それはそれで一つの結果ではあるが、そういった手掛かりしか得られぬこともある。

それでも、浅見も竹村も、砂の器の今西も、一度目を付けたものから目をそらすことはない。

浅見が縁遠いのも、このような突出した物事への集中力や執着と言ってもいいようなこだわりが故かもしれない。思い付きで行動できるのも身軽だから、と薔薇の殺人でも感じる。

しかし、内田作品の竹村と松本作品の今西は既婚者である。旦那がこだわるものを止めずに応援してくれる、彼らの妻の様な伴侶なら、浅見も既婚者になれるチャンスはあるのだろう。

現代では受け入れられぬかもしれない動機

女性同士のしがらみが犯罪の根底にある事件は、当然だが私怨が渦巻いている。男性同士のいざこざは、社会的地位や保身など損得勘定が根っこにあることが多いが、女性はもうちょっと感情的だ。

この作品は初版が1991年なので、10年ひと昔とするとふた昔以上前の作品になる。

女性同士の嫉妬、おそらくタカラジェンヌの主役を取りたいという気持ちであったり、知っている女性同士が同じ男性を好きになってしまったりなどの、嫉妬だったり、複雑な心情だったりというのは、いつの時代も共通し、また立場違えど女性なら理解できる感情に今も昔もないのかもしれない。

しかし、徐々に女性の意識は、近年変わりつつある。女性が一定の経済力を持ち出したせいもあると思うが、女性が強くなりだしたのだ。

ミステリーによくありがちな、女性が強姦を苦に自殺をするという展開があるが、今では死ぬくらいなら相手から慰謝料をそれなりにいただくという人が多くなっているので、死ぬほどつらいところまでは理解できても死を選ぶこと自体はピンとこなくなってきているのではないだろうか。

薔薇の殺人は強姦などの展開はないが、不満や嫉妬、色んな負の感情があったにしろ、ここまで今の女性は弱くはない、むしろ出るところに出て自分の気に入らない相手を合法的に排除にかかるだろう、そんな風に感じる。作品としては意外性もありよくできたミステリーなのだが、動機を理解するにはやや時代が先を行ってしまった感が否めない。

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