透き通るような少年たちの御伽噺
どこまでも幻想的で透明感溢れる文体
本作は非常に文章が特徴的である。薬草と蜂蜜の味がするドロップ、象牙色の洋紙、海底の鉱石のような色を湛えた丸天蓋など、現実感のない、幻想的でどこか可愛らしい表現が文中に多く登場する。
主な登場人物の名前も銅貨に水蓮とこれまた幻想的で、紙面に映る文章のすべてが、本作の透明感に満ちた御伽噺のような世界観を壊すことなく存在させている。
よって本を開き目を通している間、ずっとこの本幻想的な世界に浸っていられる。それは物語を楽しむ上でとても重要なことだ。
少年の造形美
本作は、登場人物である少年たちの描写が非常に繊細かつ美しい。
タイトルにもなっている三日月少年はまさしく『完成された美少年』であるといえる。
薔薇色の頬と黒曜石の瞳に、髪は小麦色。唇は紅く、貴族風の服から丸い膝が覗いている。この描写だけでもう、彼が絶世の美少年であることを想起することは容易である。
彼が人形だという設定もまた、彼が『完成された』存在であることを裏付けていると思う。自然と容姿や性格が形成される人間と違って、理想をもとに一から創られる人形。彼が『美少年像』として想像されるものと寸分違わぬ存在であることが、人形という設定によってさらに強く実感させられる。
大して主人公の銅貨には前述したような繊細な容姿の描写はない。彼は少年の純朴さを現した存在であり、完成的な美はむしろ彼を形成する上で必要とされていないのだ。
本作はこの銅貨の目線で物語が語られるのだが、その見える景色や人々の言動の受け取り方がとても素直で、小説として非常に読みやすく、本作の可愛らしい御伽噺のような世界観にとてもマッチしている。
感情豊かで文章からもコロコロと表情が変わっている様子が想像できる銅貨は、冷たささ覚えるほど完璧に洗練された自動人形・三日月少年とは対照的である。
また、銅貨は作中でぬいぐるみを持ち運ぶ描写があったり、頭脳面において友人より劣っていたりするといった、幼さや未成熟さを強調する描写がある。それもまた、超然とした三日月少年とは対照的であると言えるだろう。
そのどちらにも優劣はなく、どちらも魅力的なものとして描かれているのは好印象だ。
そして銅貨の親友の少年、水蓮。細身で色白と描写される彼は、その華奢な容姿とは裏腹に活発で奔放な少年だ。上述した二人はいわゆる『人の良いところだけを抽出した存在』のように思われるが、水蓮は違う。悪戯好きで口が悪く、子供らしからぬ穿った物の見方もする。
だが、本作においてはそれさえもとても耽美なもののように描かれている。容姿や動作は少年としてとても洗練されていて、子供故の残酷さや無鉄砲さが、不自然なく洗練的な雰囲気と溶け合っている。
一般的な考え方をすればいわゆる『悪ガキ』に分類されるであろう彼がこれだけ繊細な美を内包しているのは、本作において『少年』という存在そのものがとても美しいものであるからだろう。
そもそも一番少年らしいというか、『男の子らしい』魅力を持っているのは水蓮だと思う。三日月少年のそれは『象徴的な美少年らしさ』であり、銅貨のそれは男の子らしさというよりは『子供らしさ』だ。
『美少年』と聞けばおそらく多くの人が『繊細で中性的な容姿』を想像するであろう。だが、『少年』という単語からは、真っ先に中性的な容姿を連想することはないはずだ。
ならば『少年という存在として』最も美しいのは水蓮なのではないかと、私は思う。優しさや気品とった魅力が女性性に分類されるものであるのに対し、活発さや粗暴さは男性性に分類されるものだ。三日月少年と銅貨の魅力は前者に、水連の魅力は後者に該当するものだと思う。
子供心が紡ぐ御伽噺
好奇心に駆られた少年たちが冒険の末に見たのは、飛行船に乗ってどこかへ飛んでゆく自動人形たち。その行き先も自動人形・三日月少年の正体も明かされず、水蓮は彼らは月へ帰ったという。
三日月少年たちについて、あえてはっきとりした解答が書き記されていないのも、本作の世界観を形成するのに一役買っていると思う。
これは御伽噺、メルヘンなのだ。真実を突き止めるよりも、楽しくて夢のある結末であることのほうが重要なのであり、科学的、あるいは現実的に船の行く先や自動人形の正体解き明かす方が野暮というものなのである。
そしてこの結末こそが、子供の純粋さというものを表現していると思う。
この結末が大人目線で描かれたものであったなら、謎を謎として残すことを消化不良なものとして描かれていたかもしれない。そうなれば読後感は心地の良いものではないだろうし、その瞬間にこの物語は『御伽噺』ではなくなってしまう。
未知が未知のままであるというロマンに、それを信じられる子供の純粋な心。
心踊る冒険に、友達との友情。彼らを取り巻く謎も、景色も、鉱石や食べ物も、常に煌びやかに輝いていた。
この物語がこんなにもキラキラとしているのは、子供の純粋な目で見た世界はそれだけ輝いているということなのかもしれない。
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