徹底的に犯人を追いつめる過程が見事 - 伊豆誘拐行の感想

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伊豆誘拐行

4.504.50
文章力
5.00
ストーリー
5.00
キャラクター
4.50
設定
4.70
演出
4.00
感想数
1
読んだ人
1

徹底的に犯人を追いつめる過程が見事

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
5.0
キャラクター
4.5
設定
4.7
演出
4.0

目次

「沼津市」の伊豆としての知名度

この作品は事件序盤に伊豆長岡に行くよう、誘拐犯の一味と思われる者に指示を受けたことから、伊豆誘拐行というタイトルになっている。

しかし、実際内容を読むと、伊豆が関与しているのは最初の事件の一部エピソードのみで、全編にわたって伊豆が関わっているわけではない。むしろ舞台としては十津川警部の管轄である東京がメインといっても良い。

犯人からの指示で解決の糸口をつかむために、事件関係者と十津川たちは伊豆長岡に向かうが、実際土地のことが詳しく紹介されているのは、沼津市南部の三の浦地域(若者にわかりやすく言うと、現在アニメ・ラブライブ!サンシャイン!!の舞台になっている沼津市の一部地域)並びに、この作品が発表される前は沼津市にまだ合併されていなかった旧戸田村である。

西村氏の作品には、伊豆でも比較的下田から西伊豆が事件の舞台になることが多く、この作品の中に出てくる船上レストランホテルスカンジナビアは他作品でも紹介されている。しかし、これらがあるのは沼津市であり、伊豆長岡(伊豆の国市)ではない。スカンジナビアは現在では営業されておらず、経営不振から客船スカンジナビアがスウェーデンの会社に2006年売却が決まった。しかし、スウェーデンまでの曳航中に船体の老朽化のせいだろうか、太平洋上に沈没してしまったという悲しい事実がある。

しかし、これらのエピソードはすべて、伊豆長岡ではなく沼津市で起きたものである。筆者が犯人に、事件の中心である戸田、実際に関係者が回った沼津市に行けと言わず、伊豆長岡に行けと指示したのはどうしてだろう?という疑問を感じる。

これは、沼津市に温泉がなく、当時県東部では一番栄えた町と言われた沼津であるが、あまり伊豆の名所としては知名度がないこと、伊豆長岡のように「伊豆」という名称が入った地域の方が知らない人に理解されやすい、という点があったように思う。

西村氏自体はご自身がお住まいである湯河原町に近い東伊豆より、西伊豆の方が好きなのではないかと作品の登場回数から感じるし、決して沼津市を軽んじているとは思えない。しかし、伊豆の玄関としての知名度は三島市や熱海市の方がインパクトがあり、行動拠点としても中伊豆の伊豆長岡や韮山、修善寺などの方が沼津市より有名であるのは、昔も今もあまり変わらない。

この作品を読んで感じたのは、紹介されている風光明媚な景色の大半が沼津市のものであったのに、沼津のぬの字も出てこなかった事への、違和感とまでは行かぬ何とも言えぬ寂しさのようなものである。

沼津市は今、アニメで町おこしをしているが、元々アニメや小説の舞台にされるような魅力を持つ場所であるので、今後伊豆の玄関として全国区で知名度が上昇することを願うばかりだ。

トリックもあるが基本は捜査への執念

この作品はタイトルのイメージほどトラベルミステリーという体はなしていない。ちょっとしたトリックなども一部あるものの、基本は事件の背後の事実関係をどんどん聞き込みなどから探っていき、犯人を特定していくという地道な捜査にフォーカスされている。

何でこんなことが起こるのかわからない、被害者も非協力的など、わからないことだらけの中、ちょっと聞き込みから得られたことから、思いもよらぬ犯人像や動機が浮かび上がってくるのは非常に面白く、読みごたえがある。

複雑怪奇なトリックをクイズのように解いていくトラベルミステリーも西村氏の魅力だが、この作品のように、人間の心理の背後にあるものをどんどん突き詰めていくタイプの作品も、共感・感情移入しやすいという意味では興味深い。

やっていることは悪い事なのだが・・・

この作品の犯人は、やっている事自体は悪い事なのだが、しかし・・・、と、同情できる部分もある。

犯罪というのは、罪のない人をいきなり殺害する通り魔のような100%犯人が悪く、同情もできないものもあるが、犯行動機に若干の正義感が混ざったものは、社会の在り方について考えさせられてしまうものもある。

同じような作品に、石狩川殺人事件や北帰行殺人事件などがある。十津川警部も、一応は犯人を怒ったりしているが、どこかその犯罪心理にはシンパシーも感じていたようだ。

刑事が犯人にシンパシーを感じている場合ではないという考えもあるが、犯罪に至った心理を理解することが、次への犯罪を防止し、また犯人の特定をするのに必要な経験になるのかもしれない。

ちょっとしたひっかけ

単純といえば単純なひっかけなのだが、作品のかなり序盤に、誘拐された女優の桂アヤのマネージャー井上が、犯人に声を褒められ、その後犯人と思しき男性が声が魅力的だったという聞き込み情報が入る。ここで、声が褒められるという特徴的な出来事が珍しいため、読者としては井上が被害者側ではなく実は何か犯罪に関与しているのではと思ってしまう人もいるだろう。

しかし、この情報を十津川もカメさんもスルーしているし、結局井上は何の関係もなかった。あまりにヒントが単純といえば単純なので、短絡的に井上を犯人とするのはいかがなものかと思いつつ、ひょっとすると?と読者に思わせるネタのようなものが転がっている。見落としてしまいがちだが読者の推測を混乱させるのには面白い効果と言えよう。

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