なぜこんなに続きが気になる作品に仕上がっているのか - ソロモンの偽証 第I部 事件の感想

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ソロモンの偽証 第I部 事件

4.384.38
文章力
4.83
ストーリー
4.17
キャラクター
4.50
設定
4.83
演出
4.67
感想数
4
読んだ人
11

なぜこんなに続きが気になる作品に仕上がっているのか

4.54.5
文章力
4.5
ストーリー
4.5
キャラクター
3.5
設定
5.0
演出
5.0

目次

現代ミステリーの最高峰!?中学生に次々とふりかかる事件。

小説を買う時は裏表紙のあらすじを見て買うという人は少なくないだろう。私もその一人だ。あらすじを読めばこの作品が「中学生の死」を題材としたミステリー小説だということが分かる。ミステリーとはいわば謎解きだ。そこで私は死んだ中学生は他者によって殺害され、犯人を暴いていくものだと仮定して読み出した。しかし読み進めていけばいくほど、死んだ中学生柏木卓也は、自殺だったと判明していく。警察では自殺として不審な点はないとされ、父親は事件前の息子の様子を抜け殻のようだったと語り、自殺を予期していたと言う。柏木卓也が不登校になる直前に争った三人組、大出、橋田、井口の事件後の様子からも、彼らが柏木を殺したとは考えづらい。ということは、このミステリー小説は事件の犯人を明らかにしていくという単純なものではない。柏木の死の裏にはどんな秘密が隠されているのか。生前彼が何を思い、何に悩み、何が彼を死に至らしめたのか、その秘密を暴いていくミステリー小説なのだろう。そう考えて読み進めていくと、他にも次々と謎めいた事件が起こる。1つは、「柏木卓也の死は自殺じゃない」と告発文を送る三宅樹里。305ページにはっきりと「だってあたしは見たんだもの。本当に見たんだもの」と他殺をほのめかす文があったと思えば、それを432ページでは「手紙には嘘を書いた」とする文もある。三宅樹里は一体、何を見たのか?手紙を出したのは単純に三人への恨みの気持ちからなのか?次に、四中の生徒が大出、橋田、井口に襲われて大怪我を負ったという事件。しかし三人は容疑を否認する。この事件の真相は?また、藤野涼子が図書館でわいせつ行為を受けるという事件も起こる。この事件は尾を引くのか?それとも、物語として重要なのはむしろ、この事件によって野田健一が毒物について調べるところを藤野涼子に目撃され、また涼子が健一を見直すきっかけとなるところなのか。健一は続く後編で両親を毒殺するのか?読めば読むほど謎が増えていき、読み進めていくほどに少しずつ謎が明かされていくのがこの小説のうまいところだろう。冒頭で公衆電話を使った中学生は誰だろう、物語はどう展開していくのだろうと最初抱いた疑問は、柏木卓也の自殺前の描写であるとこの第一巻で判明した。「柏木卓也の死」を中心に、多くの謎があり、それらが複雑に絡み合い、恐らく次巻で少しずつ解け、繋がっていく。裏表紙に書いてあった通り、ミステリーの最高峰とはこういうことなのだろう。

多様な登場人物。書かれる目線、書かれない目線。

この小説が他の作品と違うのは、多くの登場人物の目線で物語が書き進められている点である。煙草屋の小林修造に始まり、中学生の野田健一、藤野涼子、倉田まり子、三宅樹里、そして柏木卓也の兄と母、藤野涼子の両親、少年科の佐々木刑事や柏木卓也の担任森内の隣人など、年代も性質も様々である。これだけ多くの人物の目線で1つの事件を見ることができるのは新鮮である。ある人物にとっては人生を変えてしまうほどの大事件であり、別の人物にとっては何でもないことだったり、利用できることだったり、または怒り狂うことだったりもする。これだけ登場人物が多ければ、その中の誰か1人くらい、自分に似た性質を持った人が出てきて、感情移入して読み進められそうだが、この小説ではそうはさせない工夫がある。一人一人の語りページに偏りがないこと、そして登場人物のほぼ全員の心の黒さががそうさせている。登場人物の多くが中学生という多感で不安定な時期であるせいかもしれないが、妬みや蔑みといった美しくない感情が物語の多くを占める。彼らのそういった感情が柏木卓也を死に至らしめたのではないかとさえ思えてくる。また、物語のキーマンであることは間違いないだろう、大出、橋田、井口の三人の目線で語られることがない点も気になる。彼らは何を隠しているのか、彼ら三人の関係性も気になるところである。他にも向坂ゆきおや養護の尾崎先生も頻繁に出てくるわりには常に脇役である。彼らは何を思っているのか?次巻では物語の語り手になることもあるのか?このように多様な登場人物の目線で物語を進めていくことにした作者の意図は?物語の本筋の他にもこうした語り口が気になり、興味をそそられる。こうした演出は確実に読者がひきこまれ、没頭していく為の仕掛けとなっていると言えるだろう。

タイトル「ソロモンの偽証」が意図することとは?

ソロモンとは知恵の象徴である。偽証とは偽りを証すこと、つまり嘘を本当にするということである。この物語の中でソロモンとは誰を暗示しているのだろうか?第一に考えられるのは告発文を送った三宅樹里である。警察も校長も、告発文を見ただけで送り主は頭が切れる人物だと仮定している。手紙を出すときの慎重さや、出した後で藤野涼子へ電話する件を思い留まった点を見ても、三宅樹里は賢いと言える。ソロモンが三宅樹里であるとすれば、偽証とは彼女が出した告発文を指すことになる。大出、橋田、井口が柏木卓也を殺したというウソを本当にする、その過程の物語なのだろうか?しかしそうだとするとやや単純すぎるような気もする。他にもソロモンとなり得る人物は三人存在すると私は考える。一人は藤野涼子である。クラス委員でもある藤野涼子は、頭が良い上に容姿も良く、何でも出来る人物として描かれている。明言されていないが野田健一は彼女に好意をよせており、倉田まり子をはじめとする多くのクラスメイトは彼女に憧れている。そして、柏木卓也の死に涙するクラスの女子たちと哀しみを分かち合えない程に彼女は冷めている。そんな自分自身を冷静に分析する描写からも彼女の頭の良さを感じられる。二人目は野田健一である。彼は自分自身が目立ち過ぎないように、わざとフツウの中学生を演じているという。彼の父親がペンション経営への転職を相談した際の彼の見解が父親のそれより優れているということは、バブル崩壊後の今の時代の人間なら誰でも分かることだろう。ソロモンでありそうな三人目の人物は、死んだ柏木卓也である。彼は部屋がいっぱいになるほどの本を持ち、同級生が「いつも難しそうな本を読んでいてかっこよかった」という程の本の虫である。本から得た知識は人より多いだろう。兄である宏之は彼に見下されているような感情をも覚えている。特段親しい同級生が居なかったというのは、彼一人が俯瞰した所にいて、彼自身が同級の友達を求めなかった為かもしれない。しかし、この三人がタイトルの示すソロモンであるとするならば、偽証とはなんの事柄のことであるのか。それが現時点では皆目見当もつかない。全六巻からなる長編大作であるから、続巻で明らかになっていくのか。はたまた一巻目のソロモンの偽証とは三宅樹里の告発文のことで、次巻以降はまた別のソロモンの偽証となる出来事が起こるのか。タイトルに隠された意味を考えながら作品を読み進めていくことも一つの楽しみ方である。

優れた容姿は損でもある。

登場人物の容姿についての描写から、藤野涼子と担任の森内の容姿は優れていることが分かる。優れた容姿は生まれながらにして得た長所である。しかしこの作品を読むと、見た目がいいのも良い事ばかりではないことが分かる。容姿が劣っているために大出らに便器に顔を突っ込まれた三宅樹里の方が明らかに悲惨ではあるが、美人であるがゆえに藤野涼子は図書館でわいせつ行為を受けている。森内も、美人であるがゆえに隣人の怒りを買い、郵便物を勝手に見られ、陥れようとされている。三宅樹里は「藤野涼子も森内も大嫌い」というが、これは確実に妬み嫉みからくる感情であろう。美人は俯きながらしか歩けないようなブスの気持ちを知らないのだ。前を向いて歩いているだけで「常に自信満々」でいけすかないやつとされる。目があっただけで「同情の目を向けられた」と感じさせてしまう。知らぬ間にいわれのない怒りを買うのは恐ろしい。隣人に奪われた一通の手紙がどんな意味を持っていくのかは、今後の展開として気になるところである。

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他のレビュアーの感想・評価

さすがの宮部みゆき

永遠の閉鎖社会。宮部みゆき先生。言わずと知れた現代の大物作家です。宮部先生の作品はほぼくまなく読んでいますが、ここ何年かは時代物を多く書かれていて、時代ものはあまり好きではないのでしばらく離れていましたが、久々の現代ものでの模倣犯以来の大作、このソロモンの偽証はもう待ちに待ったという感じでした。しかも題材が”学校”です。この永遠の閉鎖社会をどう描くのか?非常に興味津々でした。しかも、どうも’いじめ’絡み・・・?とも言える内容で、どうやってこの難しい題材を調理して書かれたのか?非常に楽しみでもありました。この何十年も、特にネットが普及し、ソーシャルネットワークが若者の生活の中心となり、その中でのイジメを苦に自殺する少年少女が後を絶ちませんし、学校側がイジメが存在していた、それが原因であったと認めたケースはほぼ稀です。警察は自殺はそれ以上の捜査はしませんし、学校側も事を大きくしたくない。残...この感想を読む

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4.04.0
  • 89view
  • 400文字

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