長期取材の元に制作された現実味があるフィクション
一度読んだ作品を読み返したくなる
「不等辺三角形」に限ったことではないのだが、内田氏の作品は他の作品との登場人物や出来事がリンクしていることが多く、一度読み終わった作品でもまたそのリンクにぶち当たると読み返したくなる、という特徴がある。
この作品に登場する、内田作品の中でも指折りの富豪、名古屋の正岡家と、正岡家当主の妹である錦恵は、その後「遺譜 浅見光彦最後の事件」でも謎解き取材の有力な協力者となる。
正岡家の事件は非常に奇妙な、一見パズルを解くような楽しさと同時に、あまりの富豪ぶりにに忘れられない人も多いと思うが、浅見が副業としてやってきた探偵業で培った人脈が後々役に立つことを考えると、日々の人との出会いが、どこでどう自分の身を助けることになるか、学ぶところも大きい。
登場人物の使いまわし手法は、作家にとっても他作品への興味を読者に植え付けることができるし、読者にとってもあの作品の子の人がこんなところで、と感慨深くなり、双方にメリットがあるユニークな手法であると思うが、特に内田氏はリンク先の作品名までご丁寧に解説が入るところが良い。
あとがきとあとがきのあとがき
内田作品は、他者による作品解説のみならず、作者本人が作品解説だったり、自分への批評について言い訳や反論を書いていることが多く、それも非常にユニークで興味深い。講談社文庫のこの作品では、不等辺三角形の読み方として史実や事実を取り入れてるがあくまでフィクションだという注意書きのあとがきがされている。
読んでみると、この話本当なんじゃないか?と思ってしまうような話だけに、歴史の誤認や実際にモデルとなった場所等への配慮をされているのだと思う。
内田氏は割と物をはっきりいうたちだし、毒舌なこともあるが、あとがきのあとがきで舞台の一部が東北地方になっている事から、東日本大震災後に作中のモデルになってくださった方々や地域を案ずる文章が追記されている。最初に刊行された時が2010年だったため、震災後の文庫化の際に内田氏が配慮したものと思われるが、内田氏の温かさを感じる。
内田氏の作品は、こういった著者のあとがきも最後まで見ることで作品の面白さが増したり、読み返したくなるという特徴がある。
また、「鐘」から、漢字だけの表題が一字ずつ増えていった偶然などの秘話も、狙ったのかどうなのか、内田氏らしいエピソードだと感じた。
浅見はあくまで民間人
浅見シリーズでは、事件が必ずしも水戸黄門のように納得いくような勧善懲悪型の解決をするわけではない。
それは、主人公が刑事である作品にも言える。彼らは犯人を逮捕はしても、その後の刑罰を決めるのは裁判に委ねられる。また、犯人が逮捕前に死亡してしまう例も多い。
その点では、検事や判事が主役の作品の方が捜査から裁判で量刑を決めるところまで描かれていることが多いため、すっきりするかもしれない。
この作品では、浅見がある程度特別扱いによる捜査協力者にはなり得ても、やはりそれ以上の権限は持たぬ民間人であることを特に痛感する。
浅見本人も自覚があると思うが、正義感からとはいえ、基本事件を推理したり謎解きを楽しむ(という言い方は不謹慎かもしれないが)のが目的で、犯罪者であっても人を罰することはしたくないのではないか。それが、警察官の適性があるのに警察官にならないことや、探偵業を本業としていないことにつながっているように思う。
故に、犯人に対し、感傷的になったりもするし、推理で真犯人を確定しても、警察に「犯人はこいつです、さっさと捕まえてください!」という事を、声を大にして言うようなこともしない。反省する様を観察しているようにも思えるし、自分の職責と言うか、民間人としての限界を分かっているようにも思える。特にこの作品では、ここからは僕の範疇ではないという線をしっかり引いている印象である。
お兄上の立場もあるので当然と言えば当然なのだが、市民の通報義務を合法か違法か、ギリギリのところで「警察に犯人を察してもらいたい」という手法を取ることもあり、浅見の優しさというか、甘さと言うか人間らしさを感じるのである。
ただ、この手の小説を読んでいて感じるのは、刑事の捜査で知りえた内容というのは、どの程度まで民間人に公開していいのか?という守秘義務の範囲だ。実写のミステリーでも、かなり刑事がペラペラ捜査上で知りえたことを話してしまっているのはよく見るし、浅見も兄からなんだかんだで情報提供を受けている。砂の器でも、今西刑事は妻に多少のことは話していた。実際は、一切しゃべってはいけないのではないか?と感じる。
旅情兼歴史ミステリー
この作品は、舞台となっている土地のことがその場に建っているように詳細に描かれ、歴史的な考察も非常に事細かに描かれている。何でも取材に数年を要したらしい。
しかも執筆中に出会った漢詩で、取材時に思い描いていた物語とは全く違う展開になったという、執筆中の方向転換という、推理や伏線回収を要するミステリーにおいて可能なのかという離れ業をやってのけてしまうのも、内田氏ならではと言える。
土地の風物やイベントを前面に出した作品ではなく、謎は主に漢詩に込められた暗号と不等辺三角形というタイトル通りの謎解きになるのだが、浅見が足を運んだ場所の細かい背景描写や出会った人の温かさなどは、取材を通じ内田氏が感じた、その土地への愛情に溢れている。
その土地が大事にしている伝統や、美しい風景をリスペクトしつつミステリーにうまく取り込んでいるという印象があり、読み手も現地に足を運んでいるかのような錯覚を覚えるのである。
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