サラリーマンも悪くないと思える長編小説 - 神様からひと言の感想

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神様からひと言

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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演出
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サラリーマンも悪くないと思える長編小説

3.03.0
文章力
3.5
ストーリー
3.5
キャラクター
3.5
設定
3.0
演出
3.0

目次

好感が持てる主人公の勢いのよさ

主人公である佐倉凉平は、誰もが知る大手広告代理店をトラブル沙汰で辞め、まったく畑違いの「珠川食品」に再就職する。そこからのドタバタ劇が荻原浩らしいコミカルさと温かさで描かれているサラリーマン奮闘記だ。サラリーマンのそういった小説は他にも読んだことがあるのだけど、大体がおっさん臭く、はたまたどれほど努力と知識とトンチが必要かといったいわば出世するための“ハウツーもの”的な印象のものが多く(特に銀行が舞台だとそういうのが多かった)、途中で放りだすことが多かったけれども、今回読んだ「神様からのひと言」はコミカルながらもリアルで、説教臭くなくとも身につまされるところも多く、読み応えのある作品だった。
また荻原浩自身が広告代理店経験者ということもあり、プレゼンの描写や相手を説得するコツのような場面も想像しやすく描かれており、文章を読んで頭にすぐ映像で浮かぶ。その上会議室での無駄に威張った専務やそれに取り入る腰ぎんちゃくとのやり取りなど、そういったサラリーマン的見苦しさも逃さず描かれており、腹が立ったり笑えたり、あるあるあると思えたり、最後まで中だるみがなかった。
荻原浩の他作品で「メリーゴーランド」というのがある。そこの主人公が吐く名台詞「千年先までそうしてろ!」が、そのままぴったりはまる会社で、パンク的に戦う凉平(バンド経験者でもある)は、反抗分子なのかもしれないけれど、どこか好感が持てる主人公だった。

時々実感する荻原浩のコピーライターとしての力

荻原浩自身広告代理店を経てコピーライターとして独立していたからなのだろう、ともかく小説の中で出てくる架空の名称のネーミングセンスにいつも感心させられる。今回も凉平が昔いたバンド名は「ポリボックス」だし、「幸せになる100通りの方法」で出てくる劇団名は「突撃ラテックス」だし、オロロ豆やオイアウエや、もう枚挙に暇がない。それら全てが普通の人にはそうそう思いつくものではないと思う。
また前述した「千年先までそうしてろ!」という言葉も、強烈に印象を残す。そしてそれらはコピーライターとしての荻原浩の実力も大いに感じさせる。
このようなユニークでそれぞれの状況にピッタリなそれらの言葉が、荻原浩の小説をよりカラフルに彩っている。そういうのを見つけるのも荻原浩作品の楽しみのひとつでもある。

抜群のキャラクターである副社長と専務

この「珠川食品」で真逆に位置する人間が専務と副社長だ。昔から「珠川食品」を大きくしたという自負のある専務(専務のお気に入りの苦労話で、先代と一緒にリアカーを引いて商品を売ったという話があるが、これもまたリアルだ。実際似たような話を聞いたことのある人間はたくさんいるだろう)と、アメリカかぶれで新しもの好きの副社長とでは相容れられるわけがない。あえてこのような真逆の人間を置くことで、それらに寄り添う腰ぎんちゃくの図も想像できるし、読者はテニスのプレイを見るように派閥同士のやりとりを、あっち見てこっち見てといった感じで楽しむことができる。これはうまく作ってるなあと思ったところだ。
専務の頭の固さや古臭さ、年功序列を重んじる団塊の世代の見苦しさは見事に描写されている(販売促進課の末松の気持ち悪さもいい線いっているのだけど)。そして副社長のやりすぎなほどにアメリカナイズされた立ち居振る舞いがこの2人を見事に対照的に立たせている。
どちらも実際にいたら腹が立つ存在なのだろうけど、この小説ではなぜか二人とも憎みきれない存在だった。

謎のホームレス、そしてユニバーサル広告社

スティーブン・キングの作品でも他の作品に出ていたバーや人間などがちょくちょく出てくる。そういうのを見つけるのもファンならではの楽しみだ。今回の「神様からのひと言」にもそのような楽しみがあった。
凉平がなんとなく心の支えにしていた謎のホームレス、物語では最後までその正体は明らかになっていないけれど、その佇まいや行動から「砂の王国」で新興宗教を立ち上げたとき宗祖に祭り上げられた美形のホームレスの彼ではないだろうか。独特の不思議な雰囲気は凉平が出会った彼とよく似ている。宗教家のような服装も一致する。もしそうなら、読者としてはちょっと心がくすぐられるところだ。
あと、凉平が「珠川食品」に入ったことを後悔するときに、もう一つの候補「ユニバーサル広告社」にすればよかったとぼやくところがある。「ユニバーサル広告社」はそれこそ荻原浩の作品で「花のさくら通り」などでシリーズとして登場してくる会社だ。こういうところはストーリーとはあまり関係ないのだけど、ちょっと楽しめてうれしい。

お客様相談室で成長していく凉平と新たな出会い

末松と乱闘騒ぎを起こしてしまった凉平は、あからさまな左遷としてお客様相談室に飛ばされてしまう。しかしそこで彼は今までの部署では得られなかっただろう出会いと成長を遂げる。その成長を促したのはやはり篠崎だろう。やる気もなさそうなのに、とっさの機転と洞察力は凉平が謝罪のプロと言うのもうなずける。そして誰しも「お客様相談室」勤務と聞けばいやな仕事だねえと気の毒がるであろうその仕事が実は奥が深いものだということを、恐らくは凉平とともに読者は実感していくと思う。そう実感させるために、最初は理不尽なクレーム客、それをだんだんこなすことによって、引退した創始者がらみの重要人物と知り合っていく流れは実にうまいと思った。
ちょっと違うかもしれないけれど、「モンスターズ・インク」で事務局のイヤミな窓口のおばさんが実はCDAの隊長だったというような展開を、この設定は思い出させる。
またその謝罪の仕方の巧みさから、ぐうたらでだらしない篠崎がだんだん頼もしく見えてくるから不思議だ。他の面々もなんとなくそれなりの良さが際立ってくる。本当にこのチームで謝罪専門の会社を立ち上げたら絶対成功すると思えるような、そんな団結心も垣間見られ、もしかしたら凉平とともにこのチームも成長したのかもしれないと感じさせた。

比較的あっさりと倒せた印象の副社長

見た目の派手さと裏腹にツメが甘かったのか、芋づる式にどんどん悪事が引き出され、副社長の本性が顕になる。地団太を踏み、日ごろの颯爽としたスマートさはどこかに吹っ飛び、子供のように暴れるその様は少し痛々しかった。実際甘やかされて何不自由なく生きてきた坊ちゃんが初めて出会う挫折にはこのようになるのかもしれない。
そういえば荻原浩の他作品「あの日にドライブ」でも、銀行の支店長が失策をとがめられ進退窮まったときに「ママー!」と泣き叫んだというエピソードがあったけれど、あれも笑えるようで笑えなかった。そういう話がそこかしこにあるということは、取材なりなんなりした結果、実際にあったことなのかもしれないと思ったりもした。
とはいえ、バンドのコンサートばりに会議で大暴れしてしまった凉平はその場で辞表をたたきつける。その歯切れのよい啖呵も小気味よく、会社辞めたい人は「これやってみたいな~」と憧れてしまうかもしれないと思ってしまった。

リンコとの再会、穏やかなラスト

リンコとの再会の場はまるで映画のラストシーンのようだった。色々な事件を片付けた主人公が車を飛ばして恋人に会いにいくあれだ。いままでのシリアスな顔とは真逆に穏やかな表情で車を運転する顔が映って映画が終わるといったシーンをこのラストは思い出させた。
凉平は篠崎と一緒に謝罪専門会社で働くのか、はたまたラーメン屋で修行するのか。どっちでも彼は今までと違ったスタートが切れるだろう。色々なことが想像できるハッピーエンドは読み終った後少し元気がもらえたような、そんな作品だった。

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