性善説を信じたくなる短編集
“人の良いところ”を感じられる7つの短編
この「幸せになる100通りの方法」は、全部で7つの短編で構成されている。その全てが、優しさや和やかさ、笑い、かっこ悪さ、そして真面目さに満ち溢れており、荻原浩らしさを感じさせる。荻原浩の作品は長編もいいけれど、短編もとても味わい深い。これだけでなく他にもある多くの短編集は荻原浩を初めて読むならこれだろうと思わせるくらい、彼らしさを感じることができる。また荻原浩の手にかかると、おっちょこちょいのおばあさんもリストラされたサラリーマンもブログアップに煽られている男性も、みんな一列だ。誰が立派で誰が出来が悪くて、といったものがない。みんな同じようにかっこ悪くて、それでも他からよく見られようとそれなりに努力しているところが、リアルで切ない。そういった身近で感情移入しやすい人たちが主人公の短編が、この本には収められている。
ただ長編と比べて、どうしてもコメディ色が強いものもある。だからといって、いわゆる“やりすぎ感”はないのだけど、もしかしたらそういったものを苦手と感じる人がいるかもしれない。だけどその、ほんわかしたおかしみも荻原作品の魅力の一つだと思う。
オレオレ詐欺軍団の舞台裏
オレオレ詐欺を成功させるためには演技力は不可欠だとはわかる。そして今いざその犯罪を成功するかという間際に些細なミスで失敗してしまったこのグループはまさに劇団くずれの元俳優たちだったという展開は、そのような犯罪をするような若者は絶対に悪という、自分とは違う世界の人間としか思えないはずが一気に身近な、当たり前の若者に感じられる不思議さがある。元々は熱意をもって演劇に望んだはずが日の目を見ることもなく、それでも稼がなくてはならないということで、それでも演技から離れられなかったのかオレオレ詐欺を働くという短絡的思考もまた彼らの焦りを感じさせる。結局“手を出してはならない”というダークゾーン大阪に手を出したばっかりに、作戦が成功するどころか箕面のおばちゃんに反省を促されるという展開に、少し笑うのだけど少し泣きそうにもなった。
また大阪という地方色豊かなところを取り上げながらも、方言など書き分けがきちんとできているのも地元民としてはすっきりしてよい。こてこての大阪とは少し違う、北摂の少し上品なおばちゃんの書き分けが見事で、しかもただ上品なだけでなく相手に親身になってしまう大阪特有の“世話焼き”は健在というのも良かった。結果主人公はそれにやられてしまい目が覚めたという一見ベタにも思える展開がなぜか不思議にもベタに感じない。
ラストの、主人公の母親のオレオレ詐欺になどひっかかりそうにもない手ごわさにニヤリとしながらも、どこかほっとしたような主人公のあまりキレのないつっこみがリアルでよい終わり方だった。
ただ、ここに出てくる劇団「突撃ラテックス」が、荻原浩の他作品「メリーゴーランド」の「劇団ふたこぶらくだ」と関わりがあるのかないのか…。ちょっと気になったところだ。
老若男女、皆とつながっている
この話は皆が主人公といった感じがするけれど、その中でも特に印象的なのは、小説家を気取る老人だろうか。自叙伝のようなものを出版社に持ち込んでは自費出版を促され、それを鼻で笑いながら自分の作品の素晴らしさを疑わない無邪気な老人だ。この老人のややこしさの描写が実にうまい。老人らしい回りくどく古臭いセリフや、時代遅れながらも本人はそれと気づいていない切ないかっこ悪さが、見ていて恥ずかしくなるくらいだ。でも不思議なのがこの老人が全く嫌いになれないことだ。この老人の面倒臭さを一つでも持っている実際の老人ならかなりうっとうしいと思う。それなのにこの老人のなぜか憎めない不思議さは、荻原浩マジックと呼ぶべきだろうものだと思う。
またそこからつながってくる若者の問題も現代のそれときちんとリンクしているにもかかわらず、重さと暗さはない。だけど、ちゃんと問題提起されているストーリー展開はさすがだと思った(オンラインゲームのヒーローが女性だった、なんてオチは思わず膝を打ったくらいだ)。
なんとなく皆がそれぞれ抱えている問題から少しだけ開放され、少しだけ解決するほんわかしたラストは、いかにも荻原浩らしいと思った。
お見合いパーティで生き残るためには
決して出会いがなかったわけではなく、容姿にもそれなりに恵まれた女性が主人公のこの短編は、お見合いパーティを体験したことがなくとも女性なら誰しもあるあると思える要素がたくさんあると思う。
話を聞かない男・地図が読めない女、ではないけれど、男性の話の聞かなさ具合は人によればすごいと思う。こちらの話に一応聞く振りをしてみるものの、隙あれば自分の得意分野に持ち込もうとするためまるで聞いていないことがバレバレの男性、聞くどころか自分の得意分野のみしか話さない男性、そういったちょっと“カワイソウ”な男性がコミカルに描かれているこの短編は、意外にもかなりリアルだと思う。女性トイレでの変貌ぶりなどはどうして知っているのかという具合で(トイレでもさすがに人前でオナラををする人はかなり少数派だとは思うけれど)、マンガの原作とかにすれば絶対面白くなるだろうなと思ったストーリーだった。
個人的に“この作家すごいな”と思えるのは、異性の視点をリアルに描くことができる作家だ。なかなかそう思える人は少ないのだけど、荻原浩はその数少ないうちの一人だ。若干乙女チックな女性であることもあるけれど、そこには必ずリアルがある。だから感情移入してしまうし、読み込んでしまう。今回のこの「出会いのジャングル」もそう思えた作品だった。
またこの作品の一番いいのは意外なラストだと思う。まさかのパーティスタッフにアプローチカードを渡すというこの終わり方は最高の終わり方だと思った。
幸せになるための100の方法
この短編集のタイトルにもなっているこの作品は、この本の一番最後に収められている。しがないサラリーマンながらも日々それなりに努力して生きている主人公の愛読書は、自己啓発本だ。彼、英雄は「成功する100の秘訣」「ポジティブ脳育成の秘訣」などいかにもなその本を鵜呑みにし、書かれていることを実行し、自らを鼓舞し続けながらもどこかしら痛々しい、というよりイタい感じが拭い去れない男性だ。そんなある日駅でギターを弾く女性に出会う。英雄が目指そうと思っている世界とは真逆に存在するような彼女だったけれど、その彼女と出会うことで、そんな自己啓発本に書かれていることがどれほど意味のないものかということを実感していく。
姿を消してしまったその女性を探すために自己啓発本に書いてあることなど全く守れなくなった日常、彼は初めて人間らしくかっこ悪くなったような気がして、それでいいんだよ!と言いたくなってしまった。
お酒が少し飲めるようになったこと、一人に居酒屋に入れるようになったこと、会社が傾きだして初めて営業先に優しくされたこと、会社をリストラされたこと、疲れて電車を乗り過ごして探していた彼女と出会えたこと。
こういったことが全部どれでも幸せになるための100の方法の一つなんだと気づいたとき、少し涙腺が緩んでしまった。
荻原浩安定の読後感
他の短編もどれもみな、優しくおかしみがあるもの、少しかっこ悪いもの、そして少し泣きそうになってしまうものと、荻原浩らしい安定の読後感だ。この感じをどういったらいいのかわからないけれど、思い切って席を譲ったときのような、知らない人に親切にされたときのような、どこかしらそういうときの気分と通じるような気がする。そして自分も誰かに優しくしようと思える。
この作品はそう感じさせてくれた荻原浩らしい作品だった。
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