皆それぞれに愛する「N」を持つ物語 - Nのためにの感想

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Nのために

3.003.00
文章力
4.00
ストーリー
3.50
キャラクター
3.00
設定
3.00
演出
3.50
感想数
1
読んだ人
3

皆それぞれに愛する「N」を持つ物語

3.03.0
文章力
4.0
ストーリー
3.5
キャラクター
3.0
設定
3.0
演出
3.5

目次

殺された夫婦に関わった者たち

この「Nのために」は、殺された野口夫妻の殺害現場にいた4人の取調べから始まる。従って話し言葉で始まるのだけれど、正直そこであまりよい予感がしなかった。というのも前回読んだ湊かなえ作品の「白ゆき姫殺人事件」がこのような始まり方で、ストーリーに引き込まれはしたもののラストの消化不良がひどかったからだ。またあんな訳のわからない終わり方はいやだなあと、一瞬後ろを確認しようかと思ったほどだった(さすがにそうはしなかったけれど)。
結果読み始めて止めることはできず、ラストはあのような変わった終わり方ではなく、きちんとしたものだった。そして湊かなえらしいサスペンスと大どんでん返しを思い存分楽しめる作品でもあった。
とはいえ、まるっきり楽しいストーリーではない。そこにも湊かなえらしいところだ。暗く重く、高校生のきらきらしているはずの愛情でさえどこかしら悲しく切ない不吉な印象を持たせる。この独特の雰囲気を感じたくて彼女の作品を読んでいるようにも思う。
そういう意味ではこの作品はとても楽しめた作品だった。

野ばら荘とスカイローズガーデン

野ばら荘に住む安藤と杉下と西崎は同じアパートに住んでいても現代の若者らしくそれほど関わりをもっていたわけでなかった。それが変わったのは、台風で床上浸水になったときに安藤の部屋に避難したときからだ。異常事態の興奮がより親密にさせたのか、3人は兄弟のように親友のようにその情を深めていく。杉下が女性であることも、表だっては関係なく、3人とも性別関係ない親友であることが良い。ただ学生らしい集まりだったものが、野口夫妻と関わることによって一気に黒くなっていくところはサスペンス要素満載で読み応えがあるところだった。
反面、同じバラがつく建物といっても雲泥の差である一等地に立つ高層マンションに住む野口夫妻は、登場当初からどこかしら胡散臭さを感じさせる夫婦だった。特に奈央子のほうは、見た目では綺麗な分わからないけれど、女性の嫌らしさを結晶化させたような女性で、関わるとろくなことにならないという予感しか感じさせない女性だった。そのような女性にどうして女性に対して慎重なはずの西崎がのめり込んだのかは分からないけれど、彼もまた壊れた愛情と文学という脆すぎるものに縋るように生きてきたからかもしれない。だから奈央子の言葉をそのまま信じたのだろうか。この登場人物の中で個人的に最も同情したのは西崎に対してだった。

杉下の生い立ちとドレッサー

複雑は生い立ちを持ち、心の傷が治らないまま明るく生きていた杉下だったけれど、ある日奈央子からプレゼントと称しドレッサーが贈られてきた。この行為も奈央子の自分勝手な性格をよく表している。そのような部屋の雰囲気を一気に変えてしまうような存在感あるプレゼントなら一言あるべきだし、当然喜ぶはずという偉そうなエゴも気持ち悪い行為だ。しかしこの場面を読んだ時は杉下もそう思っただけで、それ以上の心情など当然わかるはずもなかったが、読んでいくと杉下の心の傷の元にドレッサーも入っていることがわかる。父親の浮気相手にされた行為は忘れようとしても忘れられるものではないだろうし、その行為の元にはいつもドレッサーがあったのだ。忘れようとした記憶を引きずり出され再び心が壊れそうになったにも関わらず、どうしてそのドレッサーを捨てようとしなかったのだろうか。その記憶に無理やりに向き合おうとしたのだろうか。そこはわからないところだったけれど、ここはとても痛々しい場面だった。
杉下には女性特有の生々しさや嫌らしさをあまり感じない。それよりも少し男っぽいような、安藤や西崎と一緒にいるとまるで弟のようなそんな感じがする。それは父親の浮気というショッキングな出来事が彼女をそうしてしまったのだろうか。何もできない母親に悩まされながら女性性というものを嫌悪してしまったのだろうか。そういうことも考えてしまった悲しい生い立ちだった。

希美と望

杉下と安藤と二人で石垣島にいったときから始まる話は、ずっと安藤を呼ぶときは安藤と呼び捨てだったため、物語の中盤まで安藤はてっきり女性だと思い込んでいた。2人で石垣島に行くなら男性なら当然恋人同士だろうという思い込みだったせいか、石垣島では全くそのような描写もなかったため、てっきり女性の友人同士だと思っていたのだ。
また希美と望と、どちらも“のぞみ”と呼ぶファーストネームだという設定もあり、安藤が男性だということはまるっきり想像していなかったので、男性と分かったときに脳を一瞬かき回されるような感じになった。それはサスペンスを読む時の醍醐味の一つだ。
安藤は杉下や西崎ほど生い立ちに深い傷を持っているわけではないが、能力ゆえの偉そうな印象は登場当初からあった。しかしその能力をまるっきりよしとしない杉下たちによっていい様に扱われているところはなんとも微笑ましい。偉そうになればなるほどコミカルになる感じがよく伝わってきて、あの3人が屋根を修理する場面は好きなところのひとつだ。

第4の人物 成瀬

野ばら荘にはいなかったけれど、このストーリーには欠かせない存在は成瀬だろう。杉下の「罪の共有」の相手だ。成瀬もまた杉下に謝りたい過去を持ちつつ成長した青年だったけれど、その過去は誤解だったことに気づく回想シーンは、まるで映画を見ているようだった。成瀬を得て、奈央子を愛する西崎のため虐待を受けている彼女を助け出そうとした作戦はそれぞれの意図のために失敗するが、失敗して初めて収まるところに収まったような、この計画はもともと失敗するべきだったような、そんな感じがした。
しかし、一緒に住みながらも野口と同じ職場だということを配慮されて計画から外された安藤の気持ちは、想像に難くない。「俺も一緒に巻き込んで欲しかった」という彼の悲痛な思いは、あの偉そうだった彼とは似ても似つかない、まるで子どものような、だからこそ純粋に心から出た叫びだったのだろうと、そんな感じがした。あの場面はこちらも胸が痛くなった場面だ。
反面成瀬の方は、この3人に比べるといささか存在感が薄いように思う。恐らく杉下の将棋好きは成瀬と話せるようになりたいから覚えたのだろうということは分かるし、そのためには成瀬の存在は必要だったのだろうとは思うけれど、もう少しパンチがあってもいいかなと思ったりした。
そしてここでも杉下の能力が一つ見えている。瞬間記憶能力だ。その前にも棋譜を覚えているという描写があったけれど、そういうことかと思った。このように小さな点がつながるところも気持ちよいところだ。

たくさんのストーリーが見事に全てまとまった物語

この物語の尺にしてはかなり多くのストーリーが詰め込まれていると思う。ややもすれば、この場面いらないのにとか、こういう設定いる?とかいう疑問を感じる作品は小説にしても映画にしてもよくある。それが今回はまるっきりない。細かい設定が色々あるけれど、それが無駄なく生かされているのがこの「Nのために」の良さだと思う。これで物語は収束かと思いきや、まだ3人とも隠していることを感じさせたりとか、終わったあとも読者に想像させる楽しみさえ残している。杉下が余命いくばくもなさそうな展開はいるかなと正直思ったけれど、読み終わったあとしばらく本を閉じたまま色々想像したりしていると、あれはあれでよかったのだと思うこともできた。この「Nのために」はそのようなよい読後感に浸ることができた作品だった。

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