上野駅周辺への愛情を感じる作品 - 上野谷中殺人事件の感想

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上野谷中殺人事件

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文章力
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ストーリー
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上野駅周辺への愛情を感じる作品

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
5.0
演出
4.0

目次

軽井沢のセンセによるリアリティ

内田康夫氏特有の、著者が小説内に登場人物として出てくるという手法を、嫌がる人もいるだろうし、好きな人もいるだろう。

作中の軽井沢のセンセはキャラクターとしても非常にいい味を出していると思う。そして何より表現方法として優れていると感じるのは、小説作品自体を実写化といった別媒体でリアリティを出すのではなく、実在の人物をフィクションに放り込むことでノンフィクションの様な錯覚を覚える点だ。

こういう手法は、百田尚樹氏の永遠の0でも、似たような方法が取られている。実在のパイロットの経験談と架空の人物を接触させることリアリティを出している。(百田氏の場合は坂井三郎氏の著書に記載された経験談を拝借したためにパクリだと酷評されてしまったが、私は坂井氏の経験は実体験であり、作品として作り上げた物語ではないので、パクリではなくオマージュだと思う)

この作品でも軽井沢のセンセは非常に重要なきっかけ作りとして登場するが、浅見シリーズを見て浅見光彦は実在すると思い込んだファンが実際にやりかねない、浅見への問題解決依頼が軽井沢のセンセを通じてされている。永遠の0との違いは、著者自らが物語に入り込んでいることで実際の事件のように感じてしまう点だ。この手法は他作品でも取られているが、上野谷中殺人事件を見て、実際に依頼をしてみようかと思ってしまうファンも多いと察する。

勉強になる情緒と開発の問題

2017年の24時間テレビで、本銚子駅の老朽化を利用者の要望で解消・リフォームする企画が行われたが、それに対し一部の鉄道ファンからクレームがあったそうだ。今でも、この作品が発表された1991年も、鉄道ファンや情緒を大事にしたい人々と、老朽化が及ぼす弊害を重視する人や、何もかも新しくして駅を活性化させたい人との戦いはあるものである。かつては、建築基準が厳しい京都駅なども問題になったものだ。

この作品も根っこは開発と風情を大事にする人々との戦いである。私はたまたまこの作品を読んでいた時に、漫画こちら葛飾区亀有公園前派出所で、主人公両津が亀有から下谷第五派出所の一定期間派遣されている部分を読んでいたのだが、上野の界隈というのは戦災から逃れた地域もあり、独特の古き良き時代をいつまでも残した土地柄であるようだと初めて知った次第だ。

東北新幹線が開通した折は、利便性しか考えず、上野の界隈の人の気持ちなど考えもしなかったが、この作品には当時住人にも複雑な思いがあったことを感じるし、内田氏の上野界隈への愛情を感じる。

上野は終着駅で、大阪などの様な終点駅ではないという言い回しは、非常に単純なようでなかなか思いつかない視点であり、興味深い。

珍しい恋愛要素ゼロ

この作品のヒロイン、大林繭美は、物書きの端くれとしては浅見と気が合いそうに思うが、珍しくこの作品では恋愛を感じる要素はない。繭美自身、発信者として上の界隈の景観を守ることや、父親が殺人事件に関与しているのではという心配で一杯で、浅見に興味を持っている場合ではないという感じである。浅見はあちこちの事件で恋愛の様な感情を覚えることもあるが、よくよく考えると必ずしもそうなのではなく、ヒロインの一方的感情なこともあるし、ヒロインに浅見が興味を示さない作品も多い。

この作品については、恋愛要素を入れてしまうと蛇足感で物語がペースダウンしてしまう可能性もあるため、恋愛がない方がかえって楽しめると感じる。しかし内田作品には、気の強い女性ヒロインが多い。この作品もその例外ではない。

伏線の回収が見事

作品の最初にちょろっと出てくるワンシーンが、のちに作品の謎解きのヒントとなる重大な伏線であるということはどの推理小説にもあるものだ。しかし、内田氏の場合、作品のプロットを最初に作らずに作品を書いているにもかかわらず、どうして見事に伏線を回収してしまうのだろうと感心してしまう。

この作品もまさしくその例に当てはまる。また、この作品は囲われた環境で起こった事件でないのに、浅見の推理で犯人が蘭歩亭に関わりのある人、と限定されて進んでいく。

犯人が分からずどんどん捜査網を広げていくような類の捜査ではなく、限定された容疑者から真犯人を特定していくストーリーなので、細かい部分でのキャラクターの怪しい動きが、実は重大だったりする。この手の作品はプロットなしで作るのは容易じゃないと思うのだが、そこは内田氏の才能に感服するよりほかはない。

誰しもが持っている、正しさと汚さ

人の命を奪うことは、いかなる理由があっても許されることではない。殺人は論外だが、そこに至るまでの葛藤として、どんな人間にも正しさと相反し、汚さだったり、保身だったり、完璧な人間などいないということを痛感する。人気がある浅見ですら、自分の軽率な言動に凹み、後悔することもある。

完璧なヒーロー像を作らす、不完全な人間が、できる限り最善の道を模索しようと知る。正義を貫こうと努力する。その姿が美しく、時に悲しい。この作品からは、人としての生き方の難しさをも感じ、教訓を得ることができる。

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