豊饒のイメージに古典の品格を根幹として、知性と情念の昇華に透明な香気がたちこめる 「テス」 - テスの感想

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豊饒のイメージに古典の品格を根幹として、知性と情念の昇華に透明な香気がたちこめる 「テス」

4.04.0
映像
4.0
脚本
4.0
キャスト
4.0
音楽
4.0
演出
4.5

ロマン・ポランスキー監督の「テス」を観終えて、いま私はその豊饒な作品世界に魅入られ、言葉もない。この深い思いをどう表現したらいいのだろうか。

優れた映像世界の前には、言葉も文章も及ばないことを痛感してしまう。イギリスの文豪トマス・ハーディ原作の「ダーバヴィル家のテス」は、19世紀の自然主義文学の代表作の一つとはいえ、現代の感覚からすると、なにやら仰々しく理屈っぽく、ひたすらの生真面目さに、時に辟易もします。

だが、その原作を、まさしく深く読みとったロマン・ポランスキー監督の「テス」は、豊饒のイメージに、古典の品格を根幹として、けれど20世紀の知性と情念の昇華に、透明な香気がたちこめるのです。見事であり、また鮮烈でもあるのです。

緑はるかなウェセックス地方。その自然の風景、四季の移ろい。南部の肥沃と北部の荒涼に、働く野の人々の命が脈打ちながら、悠久の大地は人の世の流転の哀れを奏でます。そして、何よりも、この舞台の、この背景の把握こそが、この映画の大きな感動の要素ですが、このロケ地が、実はイングランドではなく、フランスのノルマンディーやブルターニュ地方だと知っても、驚きこそすれ、むろん作品そのものの価値を損ないはしません。

ヒロインのテス(ナスターシャ・キンスキー)は、この時代に、この環境に、生まれ育ったことが、悲劇であったのだろうか。貧しい、子だくさんの、飲んだくれの行商人を父に、彼女はあまりにも美しく、思いやりの深い長女でした。

もし、あの時、気まぐれにも似た牧師のおせっかいで、彼女の家の遠い祖先が、名門の貴族であったなどと、父親に聞かせなければ、テスの人生は変わっていたに違いないのです。そのため彼女は、縁もゆかりもない親戚の、ダーバヴィル家を訪れ、鶏小屋で働き、あるじの道楽息子のアレック(レイ・ローソン)に操を奪われて、私生児を産み、その子供は死んでしまいます。

やがて、牧師の息子で、理想主義はだの純情な青年エンジェル(ピーター・ファース)とめぐり逢い、熱愛され求婚されるが、結婚式の夜、彼女が告白した"過去"を許さず、男は他国へと去ってしまうのです。

なんという男のエゴイズムだろうかと思います。放蕩の唯物主義者アレックスが、テスの処女を奪えば、進歩的理想主義者のエンジェルもまた、その処女性にこだわる。この男の欲望と偏見とが、その傲慢と時代のモラルとが、テスに"罪の女"の汚名を着せて、悲劇に追いやるのです。

豊麗な容姿、年よりも大人びて見せる完全な発育、大きな瞳、感じやすい牡丹のような、ひいらぎの実みたいな赤い唇------と、原作が表現するテスそのままに、いや、それ以上の美貌と内的な迫力で、ナスターシャ・キンスキーは、感嘆のヒロイン像を演じきっているのです。

その動物的な生気と、みずみずしい稚気と、寡黙な慎ましさと、純な可憐さと。そして、憂愁の健気さに、犯しがたい自我を貫きながら、"悲運の諦観"が陰影を深めているのです。

正式な洗礼も、埋葬さえも許されなかった嬰児の遺体を、みずからの手で結んだ木ぎれの十字架の下に埋める、その悲しみ。夜になると、草の上に寝て、光る星を見あげて心を向ける時、魂が抜け出して、肉体なんて欲しくない、と思う彼女。そういたテスは、肉体に鞭打つことが、"贖罪であり、魂の救済"であるかのように、荒涼の北部で畑仕事の重労働に、身を痛めつけるのです。

過酷な運命に翻弄され、押し流されるかに見えて、愛においては、自己を貫いたテス。モノも言わずに、アレックスを刺殺したテス。かつて彼女は許し、だが彼は許さなかった、そのエンジェルが"遅すぎた"許しを乞う時、彼女はみずからの愛の証に、殺人を犯すのです。

そして、その後のエンジェルとの、短くも激しく燃え立つ逃避行。官憲の追っ手が迫りくる。ストーンヘンジの巨石をしとねに、束の間の安らぎの眠りから目ざめたテスを、東の地平線から立ち昇る朝日が照らし出します。その巨大な真紅の太陽を背に、引かれて行くテス。その太陽こそを、テスという一人の女の、輝かしい象徴とするラストに、無限の感動が広がるのです。

この映画は、まさしく、ロマン・ポランスキー監督による、フランス映画ルネッサンスの夜明けとも言える作品なのだと思います。

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