心がない、人ではない。
この夫婦、どこかおかしい
石川県は金沢市。昭和生命北陸支社に勤務する若槻慎二(内野聖陽)は気弱で真面目な男。日々保険金の請求書類に奮闘していたある日、若槻の元にある女性から「自殺でも保険金は出るのか」という相談の電話がかかってくる。その女性が自殺しようとしていると思った若槻は思い止まるように説得、すると女性は若槻の名前を聞くと電話を切ってしまう。その翌日菰田重徳(西村雅彦)と名乗る契約者から若槻へクレームが入り込む、謝罪に向かった若槻はそこで子どもの首つり自殺の第一発見者となってしまう。その日以来菰田とその妻・幸子(大竹しのぶ)から毎日のように「いつになったら子どもの保険金が出るのか」と異常なほど執拗に請求が来ることに、不審に思った若槻が自ら単独で調べていくうちに少しずつ悪夢へと引き摺り込まれていく…。
この映画は1999年に貴志祐介氏のホラー小説を映画化した作品。第4回日本ホラー小説大賞受賞作でもあるこの小説が出版されたのは1997年、その翌年に起きた保険金を狙った犯行の和歌山毒物カレー事件と内容が似ていることから話題となった。監督は「失楽園」「海猫」「家族ゲーム」で有名な森田芳光氏。サイコパスを題材にした作品の中でも最高傑作と言える同映画、貴志祐介氏の小説でサイコパスといえばもう一つ映画化もされた「悪の教典」が有名だけれどこの「黒い家」の方が何とも言葉では表現出来ない心を持たない人間の恐怖を感じられる。邦画のホラージャンルでは必ず名作だと称される「黒い家」脚本もさることながらやはり演者たちの狂気が恐ろしい。
この人間には心がない。
主人公の若槻を演じる内野聖陽の役どころは真面目で気弱な会社員。聞き取りにくいほどの小さな声で話す弱々しい男。そんな主人公よりも目立つ存在は西村雅彦演じる菰田重徳とその妻・幸子を演じる大竹しのぶ。菰田は登場してから明らかに挙動不審でどこかおかしいと感じる男である、幸子は独特のまるで子どものような喋り方をするボーリング好きの中年女性。初めこそ菰田重徳の挙動不審さとおかしさに目が行きがちで大竹しのぶの見逃しがちだけれど物語が進んでいくうちに彼女の方が実は異常だと気付かされる。特に菰田重徳と幸子が小学生の時に書いた「夢」をテーマにした作文、一見重徳の方がおかしいように見える作品を若槻の恋人・黒沢恵(田中美里)は幸子の作文を読み、彼女には心がないと言う。
最初こそ重徳の方が精神的におかしいように思える態度で幸子の狂気に気づきにくい、次第と明るみになっていく幸子の狂気にホラージャンルでありながらミステリーの要素まで加わっていく過程には引き込まれていく。金の為に自分の夫の両腕を切断し腹を痛めて産んだ子どもを殺し、何十体もの白骨死体の上で平然と暮らすことが出来るサイコパス・幸子。超常現象なんかよりも人の方が何倍も怖いと感じさせる映画だ、主演の内野聖陽がかすむほど西村雅彦と大竹しのぶの怪演は素晴らしくただただ怖い。精神的におかしい人間をここまで気持ち悪く、恐ろしく演じられる演技が一番の見どころだと思う。主演が目立たなってしまうくらい狂気的な映画というのも珍しい。ラストシーンと物語の中盤にある若干の官能シーンは監督が不倫ものの傑作を作った監督なだけにおまけ的なものなのだろうか?それにしても大竹しのぶの胸が綺麗だった。
ホラー映画の名作、トラウマレベル?
脚本も最高、役者たちの演技も文句なしに素晴らしいけれど一度観たら二度目は観たいと思えない、所謂トラウマレベルに最高の作品。2007年には韓国でもリメイクされた、ホラー映画史上最多の353館で公開され公開から二週間で観客動員数100万人を記録した大盛況となったらしい。こちらの韓国バージョンの「黒い家」は観ていないので何とも感想と比較は言えないけれど今ではジャパニーズホラーは海外でも人気なのは確か。貞子が世界的にも有名となった「リング」はハリウッドでもリメイクされ、「呪怨」のキャラクターがパロディで使われたりとジャパニーズホラーはハリウッドでも浸透している。
ただグロいだけ、音で脅かす、殺人鬼が一人ずつ殺していくような技法を使った作品がデフォルトな洋画ホラーと違いジャパニーズホラーは陰湿でどこまでも暗く救いようなんて全くない、観た後は気分が滅入るようなものが多い。絶叫が飛び交いスプラッターな洋画ホラーも勿論好きだけれどジャパニーズホラーの盛り上がるようなシーンがある訳ではないけれど何ともじめっとした暗く重い物語も好み、「黒い家」のような異様な人の精神的な怖さを扱った作品は観ていて血が凍る。今でも洋画ホラーに凄まじい影響を与え続けているジャパニーズホラーはもっと賞賛されてもいいと思う。ホラーはどうしても好き嫌いがはっきりと別れてしまうジャンルだけれど恐怖はいつでも人の心を惹き付けてしまう、怖い物見たさ。という言葉がぴったりだろうか。
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