自分の感覚を捨てて他人の恋愛を見つめるおもしろさ
構成の巧みさ
冒頭、社内で後輩たちに疑いの視線を向けられる、謎のおばさん的な雰囲気を水無月に漂わせただけで、物語は年月をさかのぼり、創路功二郎とのエピソードが始まります。そして約200ページも語られた後、彼女のあれ?と思わせる部分がやっと見えてくる、というこの構成の力に読者はみんな引き込まれるのではないでしょうか。
恋愛という言葉から想像するイメージは幸せなことだけではないけれど、このタイトルは少なくとも誰かを愛する幸せを知った女性の話だろうと思わせ、油断させてから見せられる彼女の猟奇的な部分はより衝撃的です。
もし、彼女の性質を垣間見れるようなヒントが散りばめていたら、創路との恋愛に気持ちが揺れ動く水無月の気持ちに覚える共感も、不器用な部分や抱えている不安に応援したくなる気持ちも薄れて、これから動くストーリーに警戒したかもしれません。
大学時代に関係を持った荻原への彼女の行動に違和感を持っても、その時点ではまだ信じたくないような気分になりますが、ついに創路の娘を監禁する、という事態になって、あらためて「ああ、やっぱり」と確信せざるを得なくなります。
そこから離婚の原因がカミングアウトされ、前科者となった主人公が、ただの謎のおばさんではなくなる瞬間、現在の職場での彼女の立場や、後輩との接し方、荻原との関係、会話の節々に妙に納得するものを感じ、この構成にすっかり巻き込まれた自分を発見することになるのです。本を楽しいと思うのはこういう時であると思うのですが、その期待にばっちり応えてくれる作品でした。
変な人たち
ユニークな登場人物の中でも特に気になる二人がいます。
まずは荻原です。恋愛感情がないまま肉体関係を持った水無月から逃げ出したにも関わらず、結局彼女を見離すことができないところに、律儀すぎるでしょ!と最初は思っていたのですが、要するに彼は恋人にはなれないけれど、一番彼女の性質を見抜いていた人間だったのかもしれません。
だったら女性でもよかったか、というとそうもいきません。女友達の場合、もっと遠慮もなくなり、お互いを比べたり、面倒なことが増える可能性大です。その点、男性であるがゆえの優しさ、率直さを持った荻原という存在が脇役としてどうしても必要なのだと感じました。
そしてもう一人は、のばらです。お嬢様として育ち、手のかかる奥さんという面もあれば、老人ホームでボランティアするような精神も持ち合わせ、夫の愛人と3人で旅行にも行ってしまう、という変わり様です。創路をあっさり捨ててしまえるのも、おそらく彼女にとってすべてが暇つぶしであるからで、興味の対象がコロコロ変わる、瞬間瞬間の自分の気持ちを偽らない、という点でこの夫婦は二人は似たものであったのかもしれません。
ペット感覚の恋愛
水無月の恋愛に問題があるとすれば、それは自分がペットのような感覚でいることではないでしょうか。ダンボールの中に座って道行く人を見上げ、拾われるのを待っている感じです。極端なことを言えば拾ってくれる人は誰でも良いのです。
本人も、最初にストーカー行為をする対象となった荻原のことを、恋していたわけじゃない、と言っており、結婚した相手藤谷については飼い主だったと表現しています。絶対服従を誓うかわりに、飼い主が自分を捨てないという確信を四六時中持っていたい、というのが理想の恋愛だったのかもしれませんが、どう考えてもそんな不自然な関係が長続きするはずがありません。でも、それは何かうまくいかないことがあれば相手のせいにできる、という無意識の自己防衛だったのかもしれないと、と思います。
初めは激しいストーカー行為をされた側の恐怖しか想像できなかったので、悪いのは私だけなのか?と反省していない彼女の様子に驚きました。しかし、飼い主なしでは生きていけないというペットが、ある日突然捨てられるという事態を想像してみると、彼女の心理状態は当然だと思いますし、なんで?どうして?言うこと聞いてきたじゃない?という気持ちも容易に想像できるのです。
ありのままを受け入れる
母親の敷いたレールを必死に走ることで、捨てられる恐怖と闘ってきた幼少時代。娘がようやく自分で見つけた道にさえもレールを敷こうとした母親が、拒絶という形で娘に仕返しをされている様子は、突然離婚を言い渡された水無月と重なるようにも見えます。
やはりここでも初めは娘の気持ちのほうが想像がしやすく、この母親なら娘もゆがむわ、と思ってしまうのですが、親のせいにしてウダウダ言うのはただの逆恨み、自分の子供だって所詮他人だし、親は自分のことで手いっぱいと言う創路の言葉にハッとしました。
確かにこの母親の子育ての仕方はのちのち娘を不幸に導く育て方だったかもしれませんが、それでも母親が結局そういう子育てしかできない人間だった、というだけのことだ、その事実を受け入れろ、と創路は言いたかったのかもしれません。母親がこういう風に育ててくれなかった、と思っているうちは、いくら拒絶したとしても、家を出ても、戸籍を抜いたとしても、本当の自立とは呼べないのでしょう。
エンディングに描かれている、事件の後も水無月のそばから離れない創路の様子は、ありのままを受け入れる、という彼の姿勢を体現しているように見えました。
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