本書、全8作品収録中の1作品「しあわせは子猫のかたち」について。
主人公の孤独に対する執着。
主人公のぼくはとにかく1人になりたい、これでもかという程に人との係わりに疲れた青年だと念を押す文章やエピソードが多く綴られている。
初めて読んだ時には、主人公の孤独感への共感や同意見を感じながら読み進めていたが、2度目に読み直す頃にはなるほど、この「ぼく」の独特の孤独に対する意思の強さや孤独であろうとする姿勢や執着についての納得が出来た。
つまりは、のちに彼が体験する事、彼の変化に対する布石だった。当然、実際の世の中では孤独であろうとする事に原因はあっても理由付けや折り合いなど簡単に言い表せるものはないのだが、この話を読み切った時、孤独を感じる世界の誰もがこの主人公と同じ体験が出来ればどんなに美しいことかと感じた。
この話は少し疲れた時や心が狭くなっている時に読むと心穏やかになれる。切なくも優しい物語で個人的にとても気に入っていて何度も読み返している。
作者である乙一さんの作品は、黒乙一と言われる猟奇的なのに優しかったり不思議で独特の世界観を持つ作品が多いが、同じ不思議さを持ち合わせながら何とも優しく穏やかで切ない白乙一と言われる作品も多数あり、この「しあわせは子猫のかたち」は正に白乙一作品で、その中でも特に私が好きな作品である。短編で読みやすく、展開も分かりやすいので何度でも読み返せる作品だ。
お茶目でひょうきんな愛すべき幽霊?雪村登場!
彼女の存在が次第に色濃く描写されればされる程、この作品の魅力はより一層増して来る。こんなにも怖くない幽霊を私は他に知らない。(作中では、たんに成仏していないだけといった方が正しいかもしれないと書かれているが…)
ある時にはカップ麺に湯を入れた時点で家中の箸という箸を隠してみたり、彼女は死しても尚、家中のカーテンを開け光を入れ、花壇には欠かさず水やりをし、子猫を可愛がり、テレビやラジオを楽しみ、雨で濡れた日には温かいコーヒーとタオルまで用意して待っていてくれる何とも心優しく世話好き、そしてイタズラ好きな幽霊だ。
彼女は自分が殺された不条理なこの世の中を呪うどころか、すべてを愛し、決して不快ではない強引さを持ってぼくを明るい世界へと引き込む、姿の見えない優しく素敵な女性だった。
こんな幽霊なら私も友人になってくれないかな…いや、生きてる時でも勿論良いのだが…と思う程に雪村とぼく、そして子猫の微笑ましいやりとりに温かい感情を貰った。
だが、残念ながらそれを踏まえた上でのこの後の展開は正直とても切なく悔しいし、やり切れない主人公の心の痛みを容易に感じ取る事が出来、読み手にとっても心が締め付けられる。
しかし、彼が前へ進み出している様子に、雪村の眩しい程の温かさに、読み手の切ない感情はいくらばかりか救われるのだ。あんな手紙正直反則である。彼女の手紙部分は何度読んでも温かい気持ちと共に、涙が出そうになるのを堪えるせいで鼻が詰まり、喉の奥がつっかえてしまうのである。まったく、どうしてくれようか。
間に挟まる殺人事件。
犯人め、怨めしいぞ。よくも雪村を!と、主人公以上に犯人に対して憎らしい感情を向けながら先へと読み進めてしまう。
確かに本来であれば、普通見ず知らずの前住人の幽霊に対してそこまで感情を寄せる事など難しいと思われるのだが、ここではなにせ雪村なのである。こんな害のない人間が殺されてたまるか!なのだが、主人公たちの感情は複雑で、少し違っていた。
少なくとも怒りという単純な感情ではなく、雪村のような優しい人間が不運にも殺されてしまう世の無常に、又自らを良しとしていない感情から雪村ではなく自分であればよかったのにという想いに、犯人である村井に対する複雑な感情とその友人である被害者へ向けた弔いなど様々な感情を入り混じらせていたが、真相を突きつける際には特に、主人公の村井に対する事実を突きつけるやるせなさと同情心が随分多く読み取れた様に思う。
私ならばやはり犯人に対しては怒りが勝ってしまいそうである。何故なら事故でも何でもなく、口論から友人に酒を飲ませ池に突き落とし、何も知らずに偶然犯人に都合の悪い写真を撮った雪村を殺した。(あくまで主人公の推理であり、村井本人の自白ではないので、否定しなかったイコール真相という状態ではあるが…)確かに他の連中と違い、村井はぼくを気にかけてくれたり、共に過ごした友人らしき者としての時間は事実ではあるが、それも犯行の証拠を打ち消すのに利用されたりもした。大きな裏切りであり、同情の余地はなく、許せないはずなのだが、主人公はそうではないようだった。主人公のこれまでの人間関係と村井との関係を考えるとやはり辛いものがあるのであろう。
彼は既に雪村と似た心で物事の光の部分を捉えられるようになっていたのか、いや、それ以前に元から優しい心の持ち主であったが故に、人の期待に気を遣い過ぎるあまり自分を表現出来ずにこじれてしまっていたのではないだろうか。本来の彼を見つけ出し、その絡まった心の結び目を唯一ほどく事が出来たのが雪村だったのではないだろうか。
人との関わりに苦しみ諦めかけた青年と、愛で満ち溢れた心優しい未成仏の女性幽霊、そして鈴を付けた白い子猫のちょっと不思議で温かい物語の大きなきっかけが、皮肉な事にこの無常な事件なのである。雪村が殺されてしまった事はどうしても悔やまれるが、この事件が起こらなければ彼らが出会う事はなかったであろう。
何の脈絡もないが、毎回読み終えてどうしても頭の片隅に残っていて気が済まない事が1つ、子猫轢いた隣の家の奥さん。猫が飛び出して来たのはどうしようもないけど、ブレーキ早く直しなさいよ…と、心の中で怒りを覚える。音がうるさいだけでなく、当たり前だが本当に危ない。結果的には子猫は雪村と同じところへ行けたのだろうが、それとこれとは別なのだ。物語の中ではひと欠片の事かも知れないが、何だか無神経な人なのだろうかなどと思うと、より子猫無念…と私の頭の隅っこによぎるのだった。
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