痛みの物語
著者の書き出す登場人物たちは、誰もがどこか傷ついていて、臆病で、さみしがりやで、痛いほど誰かを愛している。ストーリーの中心となる少年少女たちの記憶の底には、今はいない大切な人との思い出があり、そしてその人に裏切られたトラウマがある。壮絶な半生を送ってきた主人公たちに、安易に「あー、わかる」と共感の言葉をかけることはできない。
トラウマは、その体と心を守るために脳に与えられた学習機能だ。自覚のあるなしに関わらず、一度深く傷ついた者は二度と同じ轍を踏まないように慎重になる。他人の裏切りで傷ついた心は、他人を愛さないことでその身を守ろうとする。誰かを強く深く愛した分、優しくされた思い出の分、彼らは頑なにその気持ちから目をそらす。その呪縛は外側からかけられたものではなく、彼ら自身が己のためにかけた鎖だ。だから解除する鍵を、本人以外の誰も持っていない。
例えば、「傷」。他人の、または自分の体の傷跡を移動できる力を持ったアサトは、顔に大きな火傷を負ったシホの傷を受け取る。数日間だけ、と約束をして請け負った傷だったが、シホは結局アサトに火傷を押し付けたまま姿を消してしまった。アサトの心理描写はほとんどなかったが、そもそもアサトにとっては、シホが裏切る裏切らないという問題はどうでもよく、はじめからその火傷痕を貰い受けるつもりだったのだろうと想像できる。他人を信じるというリスクを冒すよりは、顔に残る醜い火傷のほうがよっぽど安心できたのだろう。アサトのその選択は、ごく普通の家庭で両親に育てられてきた私には、とてつもなくいびつに感じられ、痛い。アサトにだけではない。どの物語も、読むのに痛みをともなう。
願わずにはいられない。傷つき前に進むことを恐れる彼らに、それでも世界を憎まず不器用に生きる彼らに、自らの手を伸ばして誰かと繋いでほしいと。心をがんじがらめにした鎖の鍵を開けられるのは彼ら自身なのだから。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)