咲――麻雀アニメの完成形――
「咲」以前の麻雀の物語と映像化
麻雀を題材としたサブカルチャー文化は、「咲以前」と「咲以後」で明確に分かれてしまいました。
「咲」で麻雀に興味を持ったような若い方は「咲」を代表的な麻雀作品だと思っているかもしれませんが、「咲」以前の麻雀作品は「咲」とはまるで毛色が違うものだったのです。
アニメ化もされたことがある二つの漫画を取り上げてみましょう。「アカギ」と「哲也-雀聖と呼ばれた男」です。前者は「カイジ」で有名な福本伸行の手による作品ですね。赤木しげるという天才麻雀打ちが莫大な金や自分の血を賭けて勝負を行っていく――というのが大筋でした。「哲也~」は少年マガジンに連載されていた漫画で、雀聖阿佐田哲也の「麻雀放浪記」という小説を元に作られたものです。こちらも戦後の混乱期を賭博麻雀の腕で生き抜いていくバイニン(賭博麻雀のプロ)達の姿を描いています。
一方、麻雀はアニメだけではなく、Vシネマの題材となって繰り返しドラマ放送がなされてきました。そのほとんどがヤクザが絡む高レート博打麻雀場で、主人公が生きるか死ぬかの勝負を繰り広げる――というものでした。
麻雀に関する漫画・アニメ・ドラマに共通していたのは、「ギャンブル」「男の世界」「薄暗い背景」「煙草の煙」「金・女・暴力」といったものでした。麻雀に関する物語は、主に竹書房が出す「近代麻雀」という雑誌に連載される漫画が担ってきたのですが、そこに掲載される漫画も8割方がそのような世界観を背景とする物語で占められていました。
「咲」の持つ革新性
「咲」という漫画・アニメ作品の登場は業界に驚きを持って迎えられました。
「咲」の作品世界には、ギャンブルとしての麻雀は登場しませんし、男の世界なんて存在しません。というよりは、一部のモブを除いて男はほとんど登場しないのです。
薄暗い雀荘の片隅で渋い顔をしたギトギトの男達が煙草をくゆらせながら打っていた麻雀はどこにも存在しません。「咲」世界では、麻雀は公に認められた競技となっており、少女達が部活で夢に向かって打つものへと変わってしまっているのです。
これは比較対象を知らなければ見えてこない側面でしょう。
「咲」成功とその周辺
とは言え、咲が成功したのは麻雀を以前の暗いイメージのものではなく、明るいものとして描いたから――というだけではないでしょう。
近代麻雀においても、ギャンブル麻雀・ヤクザ麻雀以外の新しい方向性を見つけようと試行錯誤が行われていました。麻雀と萌えをどうにかして融合できないかと、多くの漫画家が挑戦をしたのですが、どれも人気が振るわず連載するまでに至りませんでした。
どうしてそれらの漫画家は、「萌え+麻雀」という先見性を持ちながら成功しなかったのでしょうか?
一つは画力とキャラクター造形・設定にあるでしょう。作者の小林立の描く女の子たちのかわいらしさは漫画界全体でもトップレベルです。また、かわいさとエロさのバランスがとてもいいのですね。近代麻雀の漫画では女の子をかわいく描くことができても、エロに走ってしまうことが多いのです。その描写は深夜アニメの視聴者に受けが悪い方向のエロさだったのです。
「咲」を特徴付けるもう一つの方向性として「超能力的麻雀」というものがあります。登場人物のそれぞれが必殺技のようなものを持っているわけですが、これは現代オタク作品において受ける一つの要素です。近代麻雀漫画において先行作を探すなら「兎―野生の闘牌―」でしょう。命懸けの麻雀、格闘漫画の要素はあるものの現代的に洗練された漫画作品で、今も掲載されれば近代麻雀における看板漫画の一つです。
「咲」は麻雀に中途半端に詳しい人からは、「所詮、超能力麻雀」と揶揄されることも多いのですが、闘牌における一打、一打に理由を持たせています。また、麻雀というゲームを詳しく理解していないと展開できないようなロジックが連ねられています。とりわけ、第一話で咲が行ったプラマイゼロは、麻雀における複雑な点数計算のロジックを使わなければ作り得ないものです。麻雀愛好家の中のさらに麻雀オタクというような人達でなければ琴線に触れないであろうことを利用しているのです。個人的には後の阿知賀編準決勝先鋒戦における牌譜が打牌と、それぞれの個性を噛み合わせた最高のものであったと思います。
萌え+競技モノの一つの雛形を「咲」が作った
「咲」が変革を起こしたのは何も麻雀関連のサブカルチャーだけではありませんでした。「咲」は現代では当たり前になっている「萌え+競技モノ」の深夜アニメ映像化において商業的に成功を収めるさきがけとなったのです。
登場人物がほとんど全部女の子、競技に対し真剣な青春ストーリー、そしてほのかな百合の予感――。
2012年から放送されスマッシュヒットを飛ばした「ガールズ&パンツァー」など、まさにこの構造を全て使い切った作品でしょう。
今後も深夜アニメ業界において、しばらくは、この「萌え+競技」への探求が続けられることだと思います。
そんな今こそ、原点の一つともいえる「咲」を見直してみることに意味があると思います。
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