ホールデン・コールフィールドの輝き - ライ麦畑でつかまえての感想

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ライ麦畑でつかまえて

4.674.67
文章力
3.67
ストーリー
4.00
キャラクター
4.67
設定
4.00
演出
4.67
感想数
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ホールデン・コールフィールドの輝き

5.05.0
文章力
3.0
ストーリー
3.0
キャラクター
5.0
設定
3.0
演出
5.0

目次

十代の君へ送る一冊

十代、とりわけ十代前半の青春真っただ中の方に、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。

私自身そうだったのですが、社会を射に構えてみており、とりわけ中学・高校時代は、自分よりも勉強ができないクラスメイトたち見下して過ごしていました。また自分に足りない部分があると、いろいろと言い訳をして、それを他人のせいにしていました。そんな人間に友人などできるわけもなく、独りで過ごしていました。私の青春時代の話はここまでにして、この本の主人公ホールデン・コールフィールドもそんな人間です。

物語はホールデンが寮に入りながら、通っていたハイスクールを中退するところから始まります。学業不振で退学となるわけですが、ここでもホールデンは言い訳をして、退学となったことを他人のせいにします。退学となれば、寮を出て実家に帰られなければならないのですが、両親が怖くてそのことを言い出せないホールデンは旅に出ます。多くの人と出会い、結局は両親のもとに帰る。そんなお話です。

これだけ聞くと、いったいこの物語のどこがよいのかということになりますが、それは前述した私の十代と、ホールデンの在り様が非常に重なるからです。

この本を手に取ったのは、二十代前半でしたが、それでも私の心にはぐさぐさと突き刺さるものがあり、それは今でも心のどこかで抜けない何かになっています。

ホールデン・コールフィールドという人間の在り様

言い訳ばかりをして、社会を斜に見て、成績不振で退学となったホールデンですが、私にはホールデンが非常に輝いているように思えます。それは年を積み重ねると次第に薄れていく、線香花火のようなわずかな間の輝きかと思います。人によってはそれは若さであり、人によっては可能性であり、人によっては無知と感じるでしょう。

若さといえば異性、特にセックスの事柄についても、非常に心に突き刺さるシーンがあります。高校を退学となったホールデンは放浪するわけですが、その道中ホテルでエレベータボーイから女を買います。しかし、ここでホールデンはびびってしまい女を抱かず、しかも女を紹介されたエレベーターボーイからは、事前に提示されていた金額の倍額を請求されます。ここでホールデンは支払いを拒否するも、エレベーターボーイに殴られて、財布よりお金を取られてしまいます。

私に同じような経験があるわけではないのですが、なんとも心にグサりとくるシーンです。当のホールデンも自殺した気分と物語の中で言っているように、思春期真っ只中の男として、文字通りプライドを粉砕された出来事です。

なぜ同じような経験がないのにもかかわらず、こうも私の心に突き刺さるものがあるのかと考えると、この『プライドの粉砕』が重なる部分なのではないか、そう考えました。人を見下していた私は当然のごとくプライドが高く、ただ自分を取り巻く環境が自分の思い描いていたものと乖離しつつあることを感じ、そのことである日ホールデンと同じように、女性がらみでプライドを粉砕してしまうような出来事がありました。そこにホールデンの心の痛みだとか、あのどうしようもない気持ちとかが浮かび上がってくるのかと思います。

そして私には、あのどうしようもない気持ちが今はなぜか愛おしく、そして輝いているように見えるのです。

現代社会におけるホールデンという人物

現在推定約70万人もの人がひきこもりとなっている現状があります。そうなった原因は様々でしょうし、ここではその原因について、述べることもしませんし、もちろんひきこもりを止めて、仕事をしようとか、そんな蒙昧なことも述べるつもりはありません。

ただ私がここでお話ししたいのは、今の社会に潜在的に存在しているそんな方に、またこれから進んでいく上で不安を感じている方に、ホールデンに感じた輝きをぜひ感じていただきたいのです。

この『ライ麦畑でつかまえて』が発表されたとき、世間の評価は非常に悪かったそうです。特にホールデンの言動がエキセントリックで、常軌を逸していることもあり、バッシングがひどかった聞いています。しかも、物語に起伏があるわけでもなく、ひたすらホールデンが愚痴っているだけですから、そういった評価を受けたというのも、うなずけます。しかし時が流れて、その評価は変わり、著者であるサリンジャーは名声を得ました。

世間での評価とは、それは大人の言葉です。大人が、特に声が大きな大人が、年を積み重ねて薄れてしまった輝きを感じ取るのは難しいと思います。私自身、あの鮮烈な見ている者の目を焼いてしまう輝きを発するのは難しいです。

輝きがあるのに、それを完結された空間や時間の中で消費してしまうのは、非常にもったいないと私は思います。そんなことを言われてもどうしようもないじゃないかと声を出しにして言いたいかと思いますし、ホールデンも物語の中でそうしています。しかし、そんなホールデンも物語の最後には、自分の家にたどり着き、両親に激怒され、そしてまた次のハイスクールへと転入します。

今は難しいかもしれないし、どうしようもないかもしれないけど、でもその輝きはそこにあるのです。そして、それは新しい次の道へとつながっているのです。ホールデンが言い訳をしつつ、愚痴愚痴と社会への不満を吐き続けて歩いたこの物語のように。

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他のレビュアーの感想・評価

間違いなくサリンジャーの代表作

ホールデン・コールフィールドのわかりすぎる愚痴と悪態この物語は彼の語り口調ですべて書かれている。その中でほとんど彼は「チェッ」といった憎まれ口をたたいたり、周りの人を「低脳」と罵ったりしている(実際にあまり口に出してないと思われる)が、そのほとんどがわかりすぎるほどわかりすぎて、そんな状況に陥れば何も誰も彼でなくても、それこそ「うんざり」してしまうと思われる。たとえば彼が退学処分させられたペンシー校では寮があり、そこで生活している生徒たちは週末に家に帰る。その帰る前日にはステーキがでるという。なぜかというと家に帰ったら親が「昨日の夜ご飯は何をいただいたの?」と聞くだろう、そうすれば生徒は「ステーキ」と答える、それをあの校長はねらってるに違いないといったくだりで、彼がどれほどこの校長の「インチキ」くささを見抜き、嫌っていることがよくわかる。ちなみにこの校長は金持ち風情の親にしか丁寧な挨拶...この感想を読む

5.05.0
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