間違いなくサリンジャーの代表作 - ライ麦畑でつかまえての感想

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ライ麦畑でつかまえて

4.674.67
文章力
3.67
ストーリー
4.00
キャラクター
4.67
設定
4.00
演出
4.67
感想数
3
読んだ人
16

間違いなくサリンジャーの代表作

5.05.0
文章力
5.0
ストーリー
5.0
キャラクター
5.0
設定
5.0
演出
5.0

目次

ホールデン・コールフィールドのわかりすぎる愚痴と悪態

この物語は彼の語り口調ですべて書かれている。その中でほとんど彼は「チェッ」といった憎まれ口をたたいたり、周りの人を「低脳」と罵ったりしている(実際にあまり口に出してないと思われる)が、そのほとんどがわかりすぎるほどわかりすぎて、そんな状況に陥れば何も誰も彼でなくても、それこそ「うんざり」してしまうと思われる。
たとえば彼が退学処分させられたペンシー校では寮があり、そこで生活している生徒たちは週末に家に帰る。その帰る前日にはステーキがでるという。なぜかというと家に帰ったら親が「昨日の夜ご飯は何をいただいたの?」と聞くだろう、そうすれば生徒は「ステーキ」と答える、それをあの校長はねらってるに違いないといったくだりで、彼がどれほどこの校長の「インチキ」くささを見抜き、嫌っていることがよくわかる。ちなみにこの校長は金持ち風情の親にしか丁寧な挨拶をしないこともホールデンは気づいている。
この話はこの小説のごくごく始めにでてくるものだが、ホールデンの語り口調で表現されているのもあり、どうしても気持ちや目線が彼のものと同一化してしまう。そして、物語に入りこみすぎてしまっているのに気づく。それもこのごくごく始めに。
それくらい彼のものの見方や感じ方はストレートで、彼の体験が自分の体験だったような気さえなってしまう。
また、彼ももちろんくせこそありすれ、理由もなく悪態ついたりしているのではない。誰しもがよく感じる身近なものでありながら見過ごしてしまうことにいちいち腹をたてているのが彼なのだ。誰しもがよく感じる身近なものでありながら見過ごしてしまうことにいちいち腹をたてているのが彼なのだ。その怒りのもととなる世の中の「いんちき臭さ」は誰しもが感じるいやらしさであり、それに対して「反吐がでる」と過激ではあるが怒りを表現することは今の世の中にあっても大切なことだと思う。なにも感じないふりをしてにこにこしているほうが楽だから。
サリンジャーの人となりをそれほど詳しく知っているわけでないが、以前サリンジャーがインタビュアーだかなにかに送った手紙のようなものを読んだことがある。その中の文章にかいまみる彼の性格は、ホールデン・コールフィールドのそれを彷彿とさせるものがあった。
彼もまた怒りや悲しみを、心の原動力にしていたのかもしれない。

ホールデン・コールフィールドの感じる悲しみと愛情

もちろん彼も始終愚痴や悪態をついてまわっているだけではない。彼にも愛するものがある。彼にとって愛すべききれいなものは家族であったり(特に小さな妹を愛している。退学処分を受けて家に帰る途中彼女のためにレコードを買うが、それをうっかり落として割ってしまう。ほとんど泣きそうになりながらもそのカケラを集めてポケットにしまうところは、それを捨てることのできないところに、妹えの愛情が感じられて好きなシーンのひとつである。)、隣に住んでいたジェーンギャラハン、校舎の前で日が暮れてボールが見えなくなるまで友達とやったボール投げ、その他にもたくさんちりばめられている。それのすべてがただきれいというだけでなく、言葉では表しにくい切なさが混在しているように思う。また「インチキ」よばわりしている友人(と呼べるかどうかはわからないが)の一人のストラドレーターにさえ、ほのかな友情をホールデンが感じているのは文脈からもよくわかる。また退学処分を受けたあと、唯一会っているペンシー校のスペンサー先生には間違いなく親愛を感じているはずだけど、彼の家に入ったとたん、老人特有の白い胸板がバスローブから見えること、薬のにおい、鼻をばれないようにほじってるつもりの仕草、そういった諸々が彼をうんざりさせ、悲しい思いにさせている。
そういうところから思うに、彼の愛情は繊細であり、愛情深いからこそ「気が滅入る」のだろう。
またサリンジャーはそういったことを言葉で説明しすぎることがないところも、この本の秀逸なところだと思う。

青春小説というにはあまりに影響が強すぎる

もともとこの本はたしか帯に「青春小説」の文字が謳ってあったように思うのだけど、この本は思春期に読むのはあまりに危険なように思う。ホールデン・コールフィールドの思想はわかりやすく腑に落ちやすいので、まだやわらかい脳にはしみこみやすいし、現に私もこれを読んだのは中学校の時だったから、周りをみて「低脳」だの「インチキ」だの内心思いまくっていた時期がある。それが今どう影響しているのかどうかはわからないが、良きにつけ悪きにつけ、この本はかなりの影響を及ぼすことは間違いない。たしかアメリカの学校では図書館などから排除された書籍だったように思う。しかし、皮肉にも、この本を大人になったから読んでも、思春期に読むほどの輝きと瑞々しさを感じることはできないだろう。
私が読んだのは野崎孝氏の翻訳だが、彼の翻訳はサリンジャー特有の文章をうまく表現しているように思う。永くこの本を愛読していたけども、近年村上春樹氏もこれを翻訳しているのを知り読んでみたら、サリンジャー特有の文体と村上春樹特有の文体が上手に混ざり合い、また違った「キャッチャーインザライ」に仕上がっていた。どちらも実に魅力的なホールデン・コールフィールドだったことを最後に書いておく。

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他のレビュアーの感想・評価

ホールデン・コールフィールドの輝き

十代の君へ送る一冊十代、とりわけ十代前半の青春真っただ中の方に、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。私自身そうだったのですが、社会を射に構えてみており、とりわけ中学・高校時代は、自分よりも勉強ができないクラスメイトたち見下して過ごしていました。また自分に足りない部分があると、いろいろと言い訳をして、それを他人のせいにしていました。そんな人間に友人などできるわけもなく、独りで過ごしていました。私の青春時代の話はここまでにして、この本の主人公ホールデン・コールフィールドもそんな人間です。物語はホールデンが寮に入りながら、通っていたハイスクールを中退するところから始まります。学業不振で退学となるわけですが、ここでもホールデンは言い訳をして、退学となったことを他人のせいにします。退学となれば、寮を出て実家に帰られなければならないのですが、両親が怖くてそのことを言い出せないホールデンは旅に出ます...この感想を読む

5.05.0
  • 紅
  • 357view
  • 2171文字
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