荻原浩ワールドを味わえる珠玉の短編集 - ギブ・ミー・ア・チャンスの感想

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ギブ・ミー・ア・チャンス

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荻原浩ワールドを味わえる珠玉の短編集

3.53.5
文章力
3.5
ストーリー
3.5
キャラクター
3.5
設定
3.5
演出
3.5

目次

すべての物語が荻原浩の魅力本領発揮

この本には短編が全部で8編収録されている。その全てが荻原浩らしい優しさと温かみにあふれている。彼の作品は長編にも彼らしい柔らかな世界をつむぎ出すけれど、短編にはその特徴が顕著なような気がする。恐らく書きながら彼自身も楽しんでいるのではないかと思わせる気楽さとおかしみが詰まっている。そうかと思えば短い物語ながら伏線がはってあったり、その描き込まれようはその辺の作家とは一線を画しているように感じられる。
荻原浩の作品のイメージはまさにここに収録されているような短編であり、初めて彼の作品を読んでみるというときにはいいかもしれないが、彼の作品を読み込んでいると逆に少し物足りない感があるかもしれない。個人的にはそれは少し感じた。微笑ましくて切なくて、おかしみもあるのだけど、もうすこし長尺のものが読んでみたい欲求がむくむくとでてくる。それはここに収められた短編の力に他ならない。これらの短編が素晴らしいからこそ、この短編を長編にしたものを読んでみたくなるというのは読者の(わがままな)サガだと思う。
荻原浩の短編集は「さよなら、そしてこんにちは」や「ちょいな人々」「幸せになる100通りの方法」などが思い浮かべられるが、その全てに彼ならではの洞察や労わり、愛情が感じられる。そもそもどうしてこれだけの立場の主人公の物語が書けるのか、しかもそれら全てがリアリティにあふれ、まったくの違和感が感じられないところはかなりの想像力なのかリサーチなのか、すごいと思うところである。専業主婦なり、力士なり、タクシードライバーなり、演歌歌手なり、彼ら彼女らの立ち位置から見た描き方がこちらから見るように描かれて、苦労せずその文章が脳内で映像を結ぶ。その様々な世界を楽しめるのが読書の基本的な楽しみであることを最近忘れていたかもしれないと思わせるくらい、鮮やかなその文章にいつもわくわくさせてくれるのが彼の作品だと思う。

元力士が挑む職業

冒頭ハードボイルド調に文章が進んでいってどうなるのかと思いきや、尾行に失敗したのは元力士。ここでまさかの力士体型登場に笑ってしまったのは私だけではないはず。なんといっても探偵なのだから、それだけ体型に特徴がありすぎると厳しいものがあるだろうと誰しもが思う。でもそれをくつがえしていくところでついついこの元力士を応援してしまう。お酒を空けていると思いきやカップラーメンだったり、ダイエットをするはずがケンタッキーを食べてしまっていたり、このあたりの笑いのセンスも健在。でも彼はただのデブではなく、あくまでも元力士である。鍛えられてきた経歴がある。だからこそこの職業が勤まるのであって、そこをただのデブが勘違いしないように。

売れないロック歌手から

個人的にはこれが一番好きな話だ。売れないロック歌手が歌から離れられずいろいろな形を経て、最後は演歌歌手になり、なにか違うと思いきやずるずると営業したりしている。歌が好きなのかどうかも定かではない描写や、さびれた街などで営業を行うその様子に、現実味を感じた。そもそもボーカルとしては力のある彼女ではあったのにこうなってしまったという話は実際掃いて捨てるくらいある話だとおもう。あえてそこにスポットライトをあてて掬い取ったこの物語は、ベタであるがゆえの純真さが感じられる。もちろん最後の生放送でほとんど許可も得ずに歌った曲のタイトルは純真とは程遠いものだったけれど、この曲を選んだ彼女の気持ちは純真以外の何者でもない。そして一緒に歌ってきたロックバンド時代の彼氏が死んでしまっていることがこの話にスパイスを添えている。もともと死んだ人のことを美しく書き上げる話は好みではないのだけど、この場合はその彼の死が必然であったことが感じられる。その彼もそれ以外に生きることができなかった人だったのだろう。その彼の死を背負うことによって(間接的にせよ)だからこそ彼女が様々な形をとってでも歌いたいという原動力を保ち続けることができたのだと思う。
最後の覚悟をもって選んだ曲「悪魔に騎乗位」。前半に書かれていた演歌の歌詞のようにこれも読んでみたかったとは思うけど、そのあたりは想像にまかせたほうがいいのかもしれない。この物語の終わり方は気持ち良いくらいで、この物語が一番好きな理由はこの終わり方だからという理由に他ならない。

漫画家の劇的なラストに立ち会う感激

この物語も前述したように、どうしてこの立ち位置の主人公が書けるのかと絶賛しながら思った。主人公は漫画家を目指しながらも売れている先生についてアシスタントをしている。この先生は売れていてお金もたくさん入ってきているのだけど、いかんせんスランプに陥っていることは疑いようがない。マンガを読んでいて思うのは、展開が少ないということもあるけれど、無駄にコマが大きくなっていたり、風呂敷を広げすぎてどこに着地しようとしているのかわからなくなっている作品はとても多い。もちろんそれは売れているマンガにもよく見られる。アシスタントをしていればそのマンガに入れ込みようも一読者とは違うだろうし、残念感も半端ないだろう。それが現実味あふれて描かれているその様子に、どうしてここまで描けるのかが、今回一番感じた短編だった。結果的にこの先生は物語を終わらせることを決意し、静かながらもその仕事場に興奮が漂うのだけど、ここで初めて静かな興奮というものがあることを知った。それがあるということはわかっていたはずなのに、それをはっきりと意識していなかった。それを感じさせてくれたことを嬉しく思う。
他に収められている話も全てがハッピーエンドだ。表現としては月並みだけれども、力をもらえる1冊だと思う。

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