危機感迫るホラー大作 - 黒い家の感想

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小説レビュー数 3,368件

黒い家

4.634.63
文章力
4.67
ストーリー
4.50
キャラクター
4.00
設定
4.33
演出
4.50
感想数
4
読んだ人
11

危機感迫るホラー大作

3.53.5
文章力
4.0
ストーリー
3.5
キャラクター
3.0
設定
3.0
演出
3.5

目次

密に書き込まれた設定

このストーリーは生命保険会社で働く一介の会社員が生命保険詐欺に巻き込まれていく様がリアルに描かれている。一概に生命保険詐欺といっても色々あって、まったくそういう知識がないのも手伝い、そこまでする?という事件が多々描かれている。恐らく例として挙げられている事件は実際にあったものだと思われる。また詐欺という表現をとったけれども描かれている内容は詐欺というような生易しいものでなく、高度障害保険を得るために指だけでなく腕さえも落とすという常識では考えられない事がリアルに描かれている。何度も読み返す本というわけではないけれど、一度読んだら最後までは本を置くことができないスリルとホラーがつまった作品だと思う。

主人公 若槻慎二

まったくなんという取り柄もない一介の保険会社のサラリーマンである。後にでてくる加害者の人格などがかなり濃いために、あえて主人公などの個性はあまり目立たないようにしてあるのはよくあるけれども、これも例に漏れずそのパターンにはまっている。ただ、その保険金詐欺の筆頭加害者菰田幸子にしてみたら保険金を降りるのをことごとく邪魔するものとして写っているためか執拗に狙われるのだけれど、正直なぜそこまで彼を執拗に狙うのかということは最後まではっきりと実感することはできなかった。彼の恋人まで拉致し手間ひまかけて、夜に彼の自宅アパートに押し入ってということをするというのがどうしても割りに合わないような気がしてしまうのである。もちろん幸子は研究者金石のいう情性欠如者であることは疑いようがないので並みの考え方をするとは思えないけれど、そのあたりの展開が恐怖を呼ぶためだけのものという気がする。
ただ若槻が常日頃理不尽な客の要求に応じなければならず、その上このような化け物の相手をしてしまうことによってだんだんアルコールの力を借りないと寝付けなくなっていったところなどは真に迫っており、現実味を感じさせられた。

若槻の恋人 黒沢恵

最初は特に個性もなく気にならなかった彼女だけども意外に我の強さを見せたのが、若槻と行った料理屋で「情性欠如者」について意見を言い合ったところだと思う。心理学を研究している彼女ならもちろんたくさんの症例を見ているだろうけど、そのうえで完全なる悪人はいないと言い切ったところは、どうしても若い女性らしい甘いヒューマニズムのようなものを感じずにはいられない。彼女は可愛がっていたネコの首を切られた上、幸子の異常さを目の当たりにしながらもその考えに固執する。それは負けとかそういうことではないと思う。それを伝える恵の言葉を信じようとおもった若槻の心情もちょっと理解できにくかった。あれほどの惨状を目の当たりにすればトラウマも残るだろうし(たとえ心にある程度のバリケードがあろうとも)、自ら思っていたことを覆すには十分すぎるくらいの経験をしているのにもかかわらず、その前と後で意見が変わらないというのがどうしても納得がいかなかった。時間がたったあとでやはりそうだと思い直すならともかく、たいして時間もたっていないくらいでああ言えるのはちょっとわからない。少なくとも多少はなにかが変わるはずだと思う。
幸子をそのように「根っからの悪人ではない」とカテゴライズする反面、殺された金石に対しては非情なほど厳しい意見を持っている。人間に対して多少ペシミスティックな考えを持ち恵と相反する性悪説を唱えていてはいたものの、そこまで言われるようなことを彼はしていない。自らの両親と金石を同一ラインに置くところは恵の考えの稚拙さを表しているようにも思う。そしてそれはちょうど闇雲に死刑反対と唱える民衆を思い出させる。
あと幸子に惨殺された金石だけど、なぜそこまでの恨みをもたれたのかはちょっとわからなかった。ただ性悪説を唱え、考え方によってはむしろ幸子を悪くは言っていないとも言えたのに、その理由はどうしても見つからなかった。また彼がゲイであるという設定は必要ないのではないかと思う。彼が性的にマイノリティであるということが、その考え方もそうであると暗喩しているというようにも捉えられるし、後々その設定が生きたわけでもない。それでも私は個人的には彼をすぐ死なせてしまわないで、もうすこし活躍するキャラクターであってほしかったように思う。

菰田夫妻の異常さの描写、そのうまさ

最初は夫の重徳のほうが加害者だと思わせるような描写が続くのだけど、徐々に妻のほうにその疑いが濃厚になっていく流れはうまいと思う。その辺りがうまいので読み手は気になって、読み始めたら止まらなくなってしまう。そしてその異常さは詳しく描写されているのだけどそれを一番よく表わしているのが“臭い”だと思う。彼らが住む「黒い家」がかもし出す臭気、幸子がまとっている臭気、重徳がまとっている臭気、それが実際の臭いであることはもちろん、彼らの殺気であったりその異常な顔つきがかもし出すものであったり、様々な臭気の描写がありかなり気持ちが悪くなった。これほどストーリー内の臭気を感じたのは「パヒューム」以来なような気がする。あのストーリーは並外れて臭覚のいい主人公がありとあらゆる人間の行動を、香水によってそれを司ろうとする。やはりそこでも人が目立たないこと、異常であること、すべてにそれぞれの臭いがあるということだった。実際にそのような臭いがあるのかどうかはわからないけれど、その話はかなりリアリティをもって実感できたことを覚えている。今回の菰田夫妻にもそのような様々な悪意の臭気をまとっていたのだろう。顔つきの異常さや行動の異常さも恐ろしいけど、一番怖かったのはこの臭気だった。
登場当初の重徳の描写は本当に気持ち悪い。顔つきは普通なんだろうけど、そのぺったりとした表情やぼそぼそとしたしゃべり方、そのすべてが表すものは日常の中にいる本当に普通の気持ち悪さでリアリティがあった。役者で言うと、「ゆれる」の香川照之や「LOST」のウィリアム・メイポーザーが私の中では気持ち悪さをうまくだしてくれる人だと思うのだけど、重徳に関してはもっとまとわりついているものが重くて暗く、誰というのは一概には思い浮かべられないのがちょっとくやしい。
反面、妻の幸子のほうはまだわかりやすい。暗く虐げられて生きてきて、人への恨みを糧に生きてきた女。刃物を振り回し残虐に人を殺すことをなんとも思わない女。恐ろしいことには変わりないけれども、重徳の方がその暗さが発酵しているというかそんな気がする。

刃物で追いかけられる恐怖

誰もいないビルで一人残業しているときに幸子が迫っている気配を察し、知恵を絞りながら逃げ回る主人公とそれを執拗に追いかける幸子の描写は手に汗を握るくらいに怖かった。そもそも刃物をもっている人間は恐ろしい。それが明確な殺意をもって追いかけてくるのだからこれは悪夢だ。でも確かに追い掛け回される描写は恐ろしいし手に汗握るのだけど、果たして中年女がここまでできるかというところに若干の疑問がある。屈強な体つきの三善を惨殺し、自衛隊上がりの守衛を殺し、いくら力が強くともいくら刃物が大きくてもできるのかととも思う。それでも幸子が執拗に若槻を追い回すところは理不尽で、だからこそ狂人ならではの恐ろしさをいや増す。あと幸子が拉致した恵から手に入れた合鍵で若槻の部屋に侵入し、部屋を破壊しながら独り言をつぶやいているシーンがある。それはかなり気持ち悪いのだけど、ものを破壊するという現実的な行動がついて回っている分異常さがあまり際立たない気がする。そこはただ侵入だけして独り言を言いながら静かに部屋を何周もするという方が異常な怖さが目立つのではないかと思う。

日本のホラーと海外のホラーの違い

日本人にとって一番怖いのはやはりジャパニーズホラーで、海外のホラーはそれほど怖く感じないことは多い。それはもちろん育ってきた環境によって恐怖対象が違うからに他ならないけど、今回の「黒い家」はどちらかというと海外のホラーに通じるような気がする。「シャイニング」とか「13日の金曜日」とかそのあたりの斧や凶器をもって理不尽に追い掛け回されるというものは、スリルがあって確かに怖い。だけどもやはり日本人は絶対「リング」の方が怖いと思う。映画はあまりに有名だけど、小説のほうも十分怖くてしばらくその本を部屋に置いておけなかった。それくらい気持ち悪くて恐ろしかった。言うなれば、それほどのパワーはこの本にはない。だけれども、読み出したら止まらないし恐ろしくてハラハラするしで、読み物としては十分なものだと思う。もし機会があれば映画も観てみたい気はする。

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他のレビュアーの感想・評価

化物になる主婦

京都、生命保険会社の世界に入り込める私は、京都には観光で1度しか行ったことがありませんが、文章表現がうまく、街の雰囲気や人柄がにじみでおり、京都にいるような気分になり、旅行に行きたくなりました。また、主人公の努めている生命保険会社の世界のことも知ることができちょっとした勉強にもなりました。著者は、実際に過去に生命保険会社に勤めていたということも現実味が感じられた要因だと思います。保険金のようなお金が絡んでくる現場では、事件がたまに起きますけど、こんな度を超えた客も中にはいるのかもな・・・考えさせられました。純粋な主人公の行動にハラハラさせられる主人公が、少年の自殺を黒い家で発見して、これは殺人だと思った後は、事件の真相を知りたいがために、行動を起こします。菰田重徳の過去を追って、小学校を訪れたり、文集を心理学者の先生に見てもらったりと、真面目だからなのか好奇心が強いからなのかどんどん首...この感想を読む

5.05.0
  • ざらばんざらばん
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  • 1036文字
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暗闇に突き落とされる

これは怖かった~。そりゃあホラー大賞とるよっていう、ホラーの中でも逸脱した作品だと思います。ホラー好きは読んでほしい、いや読まなければならないと思いますね。 とにかく、前半はどよ~んとした淀んだ空気の中、ひたすら淡々と物語が進んでいきます。 ここではその淀みに耐える忍耐が必要ですね。 怖さよりも気持ちの悪さがつきまとって、少しずつ少しずつ自分がそれに侵食される気がします。 いや、本当です。 そして、後半はいきなりどか~んと急速に物語が展開します。 恐怖に引きずり込まれる感じです。 うかうかしてると、自分も包丁で指を切られかねません。くれぐれも気を付けてください。 人間て、自分の欲のためならあんなに残忍になれるんですか?もはや人間じゃなく化け物ですよねっていうくらい怖いです。 家の中とか入っちゃだめだからマジで。 そこは逃げなきゃ! でも、勝てないんですよね。好奇心には・・・。本当に怖か...この感想を読む

5.05.0
  • ぶうたぶうた
  • 151view
  • 403文字

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