私たちがどこかに忘れてきた純粋さ
大陸の大自然を切り取った、圧倒的な色彩美!
身近でありながら、よく知らない国、中国。
百聞は一見に如かずです。
邦題だけを見ると、ただの初恋ものだと思われがちな本作ですが、
政治的にも歴史的な視点からも楽しめる作品です。
(原題は、「私の父母」ということですから、邦題をつけた方のセンスもなかなかのものだと個人的には思いますが!)
そして何より、巨匠チャン・イーモウ監督の圧倒的な色彩に対するこだわりが本当に美しい作品です。
この作品は、ぜひ一度は映画館の大きなスクリーンで鑑賞したい作品です。
都会では見られない大自然が織り成す圧倒的な自然の美しさをチャン・イーモウ監督はその圧倒的な技量でカメラに収めています。
真冬の大雪、秋の紅葉、夏の汗、春の光と草花の息吹。
それだけでも、普段なかなか自然に接することのできない自分は、何か自分の中に眠っている大自然への畏敬の念が駆りたてられる様な気分になりました。
そして、何と言っても主演のチャン・ツィイーが来ている服の色彩の鮮やかさが出色です!
ピンクという色は、少女らしさやピュアさを醸し出しながらも、
やはりどこかに性のイメージを喚起させるという奇跡の色だと思います。
余談ですが、心理学では、ピンクを選ぶ女性の心理は恋愛を求めていると言われます。
そして、前述の中国の大自然を背景にしてその人工的なピンクの色とのコントラストがまた上手い!
主人公は劇中で赤い服も着ていますが、ピンクにしても赤にしても、大自然ではなかなか見かけない色味をうら若きチャン・ツィイーが着ることによって、大自然の背景に映えます。
本当に、映画の主題に関係のない情報が画面に出てこないだけで、こんなに美しい映像になるのだな、とそれだけで私自身は泣けてきました。
過去の映像をカラフルにして、現代をモノクロにしているその常識との逆転の発想も素敵でした。
文化大革命に翻弄された一教師の人生
恋愛だけがテーマの映画ではありません。
村にやってきた新人教師のチャンユーは、文化大革命の煽りを受け、街に連れ戻されてしまいます。
なぜ先生が連れ戻されてしまったかは詳しくは映画の中では説明されていません。
(この詳しく説明していないのも、この映画の持つ詩的な情緒性に一役買っていると思いますが!)
ですが、村人が「先生は右派らしい」という様な発言をしたり、
あとは、先生が自分自身で作った文章を学校の生徒たちに朗読させていたところを見ると、
当時の毛沢東政権が起こした文化大革命の中の知識層への攻撃に巻き込まれた可能性が高いと思います。
文化大革命は、人民に害がある旧思想や文化、風俗、習慣などを徹底的に除こう、と政権が主張した革命です。
たくさんの無実な人が迫害や吊し上げ、暴行といった仕打ちを受けていたそうです。
先生も街に戻ってから、もしかするとひどい暴行などにあっていたかもしれませんね。
(そういった描写が一切ないのも、また詩的で良い!)
チャン・ツィイー演じるチャオディが高熱を押して自分に会いに来ようとしていたという話を耳にした先生は、街からこっそり抜け出し、彼女に会いに村に戻ります。
政治問題が純愛を引き裂くというテーマは、なかなか現代では描きにくいテーマだと思います。
それによって作品の重厚さが増しているのは間違いないです。
チャン・イーモウ監督自身も、少年時代に文化大革命で下放された経験があります。
下放というのは、当時、毛沢東が行った青少年を地方で就農させる政策のことです。
徴兵制の代わりに、農業に青少年を従事させる政策です。
なので、この監督自身の田舎暮らしの経験が明らかにこの作品に生かされています。
現代人が忘れた物を大切にする心
映画の中で、主人公が割ってしまった茶碗を、母親が行商の修理屋さんに頼んで直してもらうシーンがありました。
主人公の恋に反対しながらも、娘の傷ついた心を感じ取り、娘に内緒で修理させる母の姿がまた泣けました。
現代の私たちは、茶碗が割れたら修理して使うことがあるでしょうか。
もちろん映画に出てくる様な「瀬戸物の修理はいらんかね〜?」と歌いながら、街を回る様な行商も見かけません。
百円ショップに行けば、安くてそれなりの陶器を買うことができる時代です。
割れた茶碗は捨てるのが当たり前になってしまった私たちは、あの割れた茶碗を修理して丁寧に使おうとする親子の情愛と優しさと生活の丁寧さを目の当たりにして、
何か自分たちが大切なものを失ってしまったことに気がつきます。
現代は、物が溢れていて何でも手に入り、便利な時代です。
ですが、物がなかった頃の、一つの茶碗を愛おしんで大切に使うあの情緒と人間の精神はどこにいってしまったのでしょうか。
この映画を見て、はたと自分たちの今の生活の便利さと引き換えに失ってしまった「何か」を思わずにいられませんでした。
人間の生活は進化しても、人間の心の奥にある「何か」は決して変わらないし、時々、こういった名画がそのことを私たちに教えてくれます。
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