東日本大震災後に刊行した貴重な作品!
東日本大震災後に出版した一冊
普通の小説は、どの年代に出版したのか?などと意識しなくてもいいのですが、この「まゆみのマーチ」を出版したのは、あの東日本大震災後に出版された作品。作者である重松清氏は、この「まゆみのマーチ」の印税を義援金にしています。最後のあとがきにも、震災後に自分に何ができるのかなどを、考えながら、作られた短編作品集となっているので、とても興味深い一冊です。この短編が、なぜ重松清によって選ばれたのかを考えてみると、大きな社会によって動かされている人間なく、一つ一つの家族の悩みや苦しみ、人の持っている気にかかる事を、登場人物を通して丁寧に伝えているからだと思うのです。東日本大震災で、日本中の人の心が落ち込んだ時、重松清氏は、自分には一体何ができるのか?心が傷ついている日本人達に対して、良質な小説は癒しを与えること可能ということの証明をしてくれた作品です。傷ついた心を癒すためには、その傷ついた心を触る事になりますが、作者はその部分を震災直後であるにも関わらず、作品を通して勇気を持って傷に触れています。
まゆみという存在
歌が好きなまゆみという存在が、読み始めた時には、とても違和感があり好きになれませんでした。突然、歌を歌ってしまう子供なんているのか?授業中とかに歌うのは、やっぱり異常な行為なのではないのか?と、否定していました。でも、まゆみがその後、大好きな先生にマスクを強要されたり、口をふさがれてしまうことで、顔が腫れたり、口がきけなくなったりした事で、まゆみがどんな気持ちで、自分の感情を抑えていたのかを感じる事ができて、少し淋しい気持ちになりました。社会に馴染めないものは悪い事、みんなと違う行動をする人は駄目な人と、私たちは教えられてきたのだと思います。その前に本当に必要なのは、その相手がどうしてそういう行動をとってしまうのだろうか?という個人の思いを無視した風潮が世間にはあります。もちろん、悪い事をする人も大勢いますから、仕方のない事かも知れませんが、このまゆみのように、歌うのは授業の邪魔をしようとしたのではなく、ただ楽しい気持ちになってしまったからなのです。純粋な気持ちを先生は時に、簡単に踏みにじる事が多くあると思います。学校の先生の言葉は、子供達にとって良い意味でも、悪い意味でも、深く子供達に影響するということを忘れずにいて欲しいと思いました。
まゆみのマーチの歌
まゆみが、母親に歌ってもらった歌は、作品の最後までわかりません。小説ですから、メロディは知ることはできないのですが、どんな歌詞なのだろうかと、とても気になります。きっと、深い意味のある言葉が連なっているのだろうなと、思っていました。でも、まゆみのマーチの歌詞はとても単純で、ただ単に「まゆみが好き」という言葉を並べただけの歌詞でした。私は、この好きという歌詞に、すごく共感しています。自分の中でも、大事に思っている人に対してひと言で表現したいと思う言葉があるとしたら、「好き」という言葉になるのです。母や父に、子供達や夫に対して「大好き」と思う気持ちです。「まゆみのマーチ」のこの歌詞を知って、とても共感する事ができました。
「また次の春へ…」は勇気ある描き方
東日本大震災後の事を描いた「また次の春へーおまじない」は、とても勇気ある作品だと思いました。触れてはいけない、でも触れてみなくてはならない事を描いている作品です。特に感じた事が、被災者の人に対しての接し方です。同情する心と憐れむ心、それを傷つき悲しんでいる被災者に向けていいのだろうか?被害のない人達の傲慢ではないのだろうか?だとすれば、被災者や被害者の人達をどのように助けていって、どのように接していけばいいのかなど、東日本大震災を通して誰もが思い悩んだことだと思います。今までのの日本人には、こんな事を考えもしなかったですが、大災害によって考えさせられました。そんな日本人の心の中を描き、答えを探し出そうとしている作品です。
おまじないが長い
「また次の春へ…」は、自分が小学生の頃に伝えたおまじないが、今の子供達に受け継がれている事を知り、主人公が感動してしまう話です。確かに、自分の教えたおまじないが、小さな子供たちの間に受け継がれていたのなら、嬉しいですが、ここでのおまじないは、ちょっと長すぎると思います。読んでいても想像しにくかったし、自分が長いおまじないを何十年も経ったしまったら忘れてしまうのではないでしょうか。しかも、このおまじないは、主人公が出まかせで作った偽物のおまじない。ということは、主人公は平気で人に嘘をついてしまう人間ということになります。たわいのない子供が作ったおまじないだから、可愛いものでしょ、と言いたいのかも知れませんが、私の中では消化しきれないものがありました。「東京の子はみんなやってるんだよ」と、仕上げに嘘で固めてしまう子供って怖いなと思いました。
カーネーションは状況がわかりにくい
1人の人間の描写を詳細に描いている作品が多い重松清氏ですが、「カーネーション」だけは電車に居合わせた1人1人の心情を、章ごとに語っています。私は、こんな書き方している事を知らなかったので、全てを同じ人物だと思い込んで読んでいました。だから、何度読んでも理解できないと思っていましたが、違っていたんですね。それぞれ、1人1人のドラマを語っているとわかって、すっきりして読むことができました。そして、最後に号泣です。娘や息子が、父親に対してこんな事をしてくれるなんて、ありえないかも知れないですが、すごく素敵で感動してしまいました。
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