小説の世界にどっぷりとつかる作品 - 鍵のない夢を見るの感想

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小説レビュー数 3,368件

鍵のない夢を見る

4.054.05
文章力
4.20
ストーリー
4.50
キャラクター
5.00
設定
5.00
演出
4.00
感想数
2
読んだ人
3

小説の世界にどっぷりとつかる作品

4.64.6
文章力
4.2
ストーリー
4.5
キャラクター
5.0
設定
5.0
演出
4.0

目次

自分自身が体験した錯覚を起こす

「鍵のない夢を見る」はあたか自分が体験したかのように思ってしまう物語。5つの短編集からなりたっていてハッキリ言ってどれも救いがなく、大きな感動はない。どれも物語の基本は自分自身のいやな面を取り上げているため後読感は悪く、題名の通り悪夢をみて起きた感覚を思い起させる小説だと思います。ただし、小説の中に引き込む作者の力はすごいと思う。冒頭からグイッと読者の心をつかみ取り最後まで飽きさせない力がある作品。後読感が悪いというのも、他の小説だと面白くなかったということが先に立つのだが「鍵のない夢を見る」に関しては、この作品の力強さに自分の感覚が小説の中に入ってしまい、いやな体験をしてしまった事に通じる。また、作者が描く登場人物の描写が見事で、これらの人物を作り上げるために、どれだけの資料を集めて作っているのか、それとも自分の体験を元にして作り上げたのかを聞いてみたくなった。

 

最後に全てがわかる

5つの小説を読んで共通して言える事は、最後に全てが解き明かされるということ。だからと言って推理小説ではないのが特徴で、この事件を起こすにあたって、その前の人物がどう思い、どう行動したのかを描いています。この点で、不思議だと感じたことがあります。このような人物が、このような事件に巻き込まれる事がないと読んでいたのに読み終わると、なるほどこのような事件を起こすまでにこの人物はこういう考えを持ち感じていたのかと、妙に納得してしまったところです。普通ならその事件に関連した出来事をつらねることで、最後まで持っていくのだけれど、そうではなかった。普通に暮らしている人達が、残忍な事件に巻き込まれ、精神的に追い詰められていくのです。この点が読者にまるで自分が体験したと錯覚させてしまう要素の一つかも知れません。

 

一番好きなのは美弥谷団地の逃亡者

5つの作品の中で一番好きだったのは「美弥谷団地の逃亡者」です。出会い系サイトで知り合った男性とホテルを渡り歩くという、なんとも軽いお話だと思って読んでいました。主人公の美衣は、彼氏の陽次とホテル生活を満喫してぐだぐだしているカップル。でもいつも陽次の言動を気にして行動しているのがヒリヒリと伝わってくる感じがするのです。陽次が美衣の頭を抱きしめて「愛している」という行動にも、美衣のなんとも言えない気持ちが伝わってきます。次第に美衣は陽次に心も体も支配されているのだと気が付きました。だったら、早くこの男と別れて家に帰ればいいのに、でも美衣は家に帰ろうとしない。その理由が最後にはっきりとします。陽次は美衣の前で、美衣の母親を殺してしまったのですから。この衝撃の真実に読んでいてゾッとしました。ありえる、この男なら彼女の母を平然と殺してしまうかもと思える人物の描写に仕上がっています。でも、私がこの作品が一番好きな理由はここではありません。最後の美衣の台詞「怖かった。本当に、怖かった」と男の腕にすがった場面です。美衣の本当に怖かった気持ちが流れるように私の中に入ってきました。私自身も本当に彼女が守ってくれる人達に助けられて、本当に良かったと心から感じさせられます。この部分がとても良かったので思わず何度も読んでしまったのもこの作品の力なのでしょう。

 

「石蕗南地区の放火」は痛くなる作品

この作品の中で、一番痛いなあと思ったのが「石蕗南地区の放火」です。女性のいやな部分を切り取り「はい、これですよ」と目の前に置かれたような気分になる作品でした。事件性も薄いので単純に女の浅はかさや、ジェラシー、人よりも優れていたいという上っ面な優越感が凝縮されて描かれています。どうしてこうも人間は人よりも優れているという優越感に浸りたいのだろうと思いました。男性に対しても、年齢とともに目が曇ってしまうのか、人間の本質を見ることなく外見や容姿で判断し、イケメンはいい人、不細工な男は駄目な男として分類されてしまいます。そんな気持ちで物事を考えている笙子。体裁ばかり気にして生きていたら、いい人とは巡り合えないのだろうなと感じました。表面上は仲の良い女性達ですが、笙子のと朋絵のように、つねにライバル心を燃やしてしまうというのは現実的にもありますね。

 

続きが読みたい!「仁志野町の泥棒」

冒頭の作品である「仁志野町の泥棒」は、続きがとっても読みなくなった作品です。この本を手にして読むまでは、お話が5つに分かれていると思わなかったので、「仁志野町の泥棒」の続きが読めるものと勘違いして期待してしまいました。この作品は先日読んだゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』にとっても雰囲気が似ています。この作品を気に入った方は、『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』を読んでみたらいいと思いますね。

 

いつの間にか登場人物を応援

後読感は悪いはずなのに、一つ一つ出てくる登場人物を応援したい気持ちになってしまう作品です。全ての物語はどこにでもいる女性達。自分なりに一生懸命生きて幸せになりたいと、あたり前に考えているだけなのに、歯車がちょっと狂っただけで違う方向へ走り出してしまいます。現実もこんな事から何か起こってしまうのかも知れません。

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