旅に出たくなるような
非日常へ向かうとき
腹違いの兄の消息を追う為、 その恋人である1度しか会ったことのない年上の女性とともに新幹線のホームで落ち合う主人公の静。読んでいても、他人との窮屈な旅が始まる前の、居心地の悪さと日常からの離脱への期待が入り混じったような気持になります。サラリーマンの経験があれば誰しも、新幹線での二人の会話や情景に共感できるのでは。作品全体に漂っている、なんとなくどんよりとした空気はここからすでに醸し出されている感じ。
挿入された寓話の意味
ストーリーが進むにつれて、たびたび挿入される寓話。正直無くてもほとんど影響ない部分かと思われますが、全体的に灰色の薄暗いイメージで進行していくストーリーの、オアシス的な箇所となり、そこだけ読むペースが上がりました(笑)「月のうさぎ」のお話については、私は研吾とは正反対の感想を持ちました。それだけ、研吾が周囲の人の事ばかり考えて生きてきたということなのでしょう。人の気持ちを考える人と、自分は人からどう思われているのかを考える人。本人のとる行動は似ていますが、心の中は正反対です。研吾は明らかに後者であると私は感じます。自分の思いをまっすぐに行動にしていくことは難しい。しかし後者のような生き方は、結果自分の人生を辛いものにします。研吾が出家を選んだ理由も、根底にはこの気持ちがあるのではないでしょうか。
奈良の景色は静かに、変わらずあり続ける
奈良の大小さまざまなスポットを巡りながらの旅、そんな小説を読むと大抵その土地へ行ってみたくなるものですが、今回は全くと言っていいほど奈良には惹かれませんでした。3人でないとバランスを保てなかった、という妙子の言葉。閉塞的な奈良の都と、3人の関係が重なります。常識的な家庭を作ったという妙子。ラストで命を落とす展開は果たして必要なのか。。。妙子がいなければそもそも旅が始まることはなかっただけに、あっさりと亡くなってしまう展開に呆然としました。残された手記に書かれている旅の本当の目的、研吾の想い人。結局は、大っぴらにすることのできない気持ちがあったからこそ、研吾の周りの人々も振り回されて人生を終えただけというお粗末なラストといった印象でした。恩田陸の最近の作品のように、カラッとした色彩、登場人物は存在しませんが、ラストに近づくにつれて、あまり考えたくない展開へと一歩一歩踏み出していくような、うすら寒さは健在です。個人的に、それがなければ恩田陸は好んで読まないかもしれません。
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