別次元の恋
冷えた爆弾
異母兄弟の兄がまさか自分の母親に恋情を抱いているなんて夢にも思いません。いきなりですが、読み終えてまず言いたいことを言わせてもらいました。血縁上は赤の他人ですから、まったくもって問題ないのでしょうが、実の娘としては心中穏やかではないですね。年齢差はいかほどか、と素直な疑問を抱きますし、普通の恋心では片付けられない精神的な結びつきを指しているんでしょうが、男女の仲とは摩訶不思議だなあと主人公の心中をお察しします。会話の中でほんの少し出てくる人物がまたしてもラストに爆弾と化す。お決まりのパターンですが一向に慣れません。二人の女性の死がショッキングですし、注意をそちらに引きつける構成になっているため、まさか主人公の母親とは。すっかり騙されました。
妙子は彼は主人公のことが好きなのだと予想します。その言葉もなかなか衝撃的で、私はいろいろな思考を巡らせました。異母兄弟ということは半分血を分けた兄弟であり、いとことは違い、婚姻関係を結ぶことは可能か。離れて暮らし、接点もあまりない中で恋人がいながら妹を好きになってしまった経緯は。ぐるんと考えても妙子の想像は非現実的だなあと思いました。しかし、ほんの僅かながらその可能性を含みつつ物語は進んでいきます。故に母親が爆弾的存在になったんだと思います。
今ふと思ったのですが、恩田陸先生は執筆中どんな気持ちで筆を走らせているのでしょう。もし私がこの作品を書いたのなら、妙子の最初の告白でほくそ笑み、主人公に好意があると告げてはほくそ笑み、終始ニヤニヤが止まらない気がします。作家として一番いい状態で書かれてる。それは自分の意思を反映させ、かつ物語が知らぬ間に自由に進行する見事なシンクロで織り成されている気がします。この不可思議さを常時保てる恩田陸先生は改めてすごいなと寒気すら覚えました。
研吾は正真正銘マザーコンプレックスなんですよね。幼少期の実母からの虐待、そんな中現れたのが実父の新しい奥さんである主人公の母親で、自分が求めていた母親像を投影し、気持ちを昇華することで自己を保ってきた。それは恋心と直結するものではないと思いますが、しかし、なくてはならない存在であるのは確実です。そういった面で、愛する人、に対してはひとりの男とひとりの女にならざるを得ないのだと思いました。
残される役割
無責任ですね。私が主人公なら、研吾の告白を受けてなお母親と良好な親子関係を保つなんて無理です。ある一定の距離を置き、二人の女性の死を抱えさせ仏門に入った研吾を恨みまた恋しく思い、のたうち回って疲れ切った頃じゃないと面と向かって接することは不可能でしょう。それか、包み隠さず本音を話してもらわない限り受け入れられません。小さい頃から母親として見てきた人を、改めてひとりの女として認識するのは難しいです。母親の生々しさは親子関係だからこそ見せないで生きてきたのに、まさか自分の兄を愛することになるなんて思わないでしょう。主人公もいい大人ですから、子育ても一通り済んでひとりでいるのは寂しいだろうと母親の再婚なんかを気にするかと思います。それはごく自然なことです。しかし、その相手が随分な年下であるなら年の差婚で珍しくもない時代ですから受け入れることは可能でしょう。しかし、自分の兄を選ぶとは何の因果か、巡り合わせを恨むしかないと思います。
研吾は自分の物語は終わったといい、手帳を手放しました。そして主人公に静はこれからがクライマックスだよと告げます。その意味はわかりますし、随分ロマンチックなことを言うなあと素直に思いました。別れに近づくにつれふたりの雰囲気が柔らかくなり、溶け合うようだと思いました。空間をようやく共有しているといった感じでしょうか。核は独立しているのですが、薄い膜は破られてマーブルになっているんです。秘密を共有することは精神的にも相手を取り込むような雰囲気が作り出せるんだなとラストシーンを読み、感じました。しかし、彼に関わった女性ふたりは亡くなり、残された主人公は母親と確執があることをようやく自覚したところに上記でも述べた爆弾を抱えることになりました。残されるほうが辛いというのは本当だなと、主人公に同情します。
ふたりの女性の死
これは必要だったんだろうか。優佳里も妙子も結局破滅の道を歩みました。それは研吾に関わったから?そればっかりではないと思いますが、旅を共にし、過去を共有し、秘密を探る中で根底にある原因は研吾にあると私は思います。その研吾自身も母親の虐待が原因で依存体質になったので、必ずしもこうと断定はできません。しかし、このふたりの死は必然であれ、主人公が関わらなければいけないことだったのか。まあ、主人公の身の回りで事が起きなければ物語も何もないのですが。でも、優佳里は自分の意思で、妙子も遠因とはいえ体に悪いことをハードに続けていたのですから、死は覚悟していたでしょう。研吾の想い人の娘というポジションを与えられたがためにステージへと上げられた主人公はかわいそうだなあと素直に思います。死、以外で役を降りることは許されなかったのか。恩田陸先生の清々しいまでに厳しい配役に静かに思いを馳せたいと思います。
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