こういうのが、もっと読みたい
ファンタジーの匙加減
この作品は、大抵の場合、ファンタジー作品ということになると思うのだが、ファンタジーという分類も、今となってはSF同様に大項目でしかなく、新しく好みの作品を見つけるのは至難の業だ。
そうなると、好きな作家の作品をラインで読むことが必然的に増えるわけだが、森見作品は期待を裏切らない。ハイファンタジーも悪くはないが、私は森見作品のファンタジー加減が大好きだ。可愛いモフモフが活躍するとなればなおのことだ。
ファンタジーの中のリアル
ネット上ではスマホで読むのに適したようなライトテイストなファンタジーがランキングを独占しているし、そういう作品も楽しいけれど、どちらかというと、誰かが死んでもすぐ生き返ったり、攻撃を受けても痛そうじゃなかったりする作品よりは、本作のように、荒唐無稽な設定のはずなのに、キャラクターの一人がスネただけでハラハラしたり、父狸が鍋にされてしまったという過去が、本当にこの主人公に起きてしまったことなのだ、悲しい棘となって今も胸のどこかに刺さったまま彼は生きているのだ、ということが、行間からも滲み出るような良質なファンタジーがもっと読みたい。
「有頂天家族」は、ひょっとしたら何かが起きてもおかしくないような日本の京都が舞台であり、登場キャラクターは個性的で、それぞれの人生(妖怪生?)を抱え、絡み合った対人関係の中でどうにか暮らしている。だから親しみが湧く。妖怪なのに地に足をつけて生きている、存在しているのだ。だからこそ、彼らと共に泣いたり笑ったりできる。簡単にはゲーム化できまい。アニメ化は頷けるけど。
大人だって空を飛びたい
森見作品には、珍奇な名称の食べ物や飲み物、品々が数多登場する。それがまた独特で、鮮やかな色どりを作品に添えているわけだけれど、本作品で私が何よりも心奪われたのは“空飛ぶお座敷船”だ。
茶釜に赤玉ポートワインを注ぐと、ふわり夜空へ舞い上がり、どんちゃん騒ぎをしながら優雅に空から五山の送り火見物ができるなんて、考えただけで心躍る一品だ。ぜひ乗ってみたい。相当な大人になった私は、敵を倒せる魔法の杖よりも、こういうシロモノに憧れてしまう。
きっと京都にあの家族は住んでいる
森見ファンの間では、聖地巡礼がしばしば行われるらしい。いい歳だし、京都はちょっと遠いけれど、機会があれば私もこの本を片手に“彼ら”の気配を探しに行ってみたい気がする。そして、できれば愛すべきキャラクターたちが、しあわせに暮らしている姿が見たい。そう願ってしまうほど愛着のもてる魅力的な作品だと思った。
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