日本人の心の善悪を問う
罪のバトンリレー
前半の進行の仕方が好きでした。一人に復讐を果たすと、「いや、もっと悪いのはあいつだ」と言われる。次の回で、あいつだと言われていた人物を懲らしめると、また「あいつも悪いんだ」と言われる。そんな罪のバトンで回が進んでいきます。ドラマの中間で、そのバトンが止まったように見えますが、実はじわじわと、真の黒幕に近づいている。そういう「型」が美しくきまったドラマだと思います。
サスペンスドラマは、謎が増えたり、人が増えたり、ついていけない時があるので。(私だけかもしれませんが…相関図が頭に浮かばなくなってしまうのです!)このドラマは、そういうところもなく、すっきりした仕上がりになっていました。スルスルと頭の中にストーリーが入ってきます。何しろ復讐の犯人は主人公ですから。誰が犯人だろう?と腕組みしなくても良いのです。身内が黒幕だったというオチで、復讐劇が終わります。私は最後までオチに気づきませんでした。ミステリー好きや医療関係者は気づいていたのでしょうか。その場合、このドラマはどう見えたのか気になります。
ラスボスを許せるか
これまで、自分の罪を「仕方なかったんだ」と言っては他者に罪をかぶせていた、そのバトンが止まり、やっと「自分が悪かった」と言う人間が出てきます。それが黒幕、復讐劇のラスボスです。
最終回に、黒幕が反省して、教会にいるのです。罪を認めた人間が、弱くて、どうしようもできなくて、教会で嘆いている。それを主人公が、抱きしめる。許せないものを許すシーンです。ドラマ史上で、許すシーンがこんなに派手(華やかと言う意味ではなく)だったことは、ないんじゃないかな。ここは、ちょっと間違えたら茶番になりそうですから。
私は、この養父を憎く思いました。教会で追い詰められても、自分が自殺したように仕組めと言って、そんなことを言われてその通りに火をつけれるわけがないでしょう。分からなくはないのですが、無性にもやもやします。この人は、どういう人間なんだろう。ちょっとドミノに触ったら、全部倒れてしまって焦っている…そんな印象です。憎みたいのに憎しみを晴らせない、生殺しみたいな苦しみを、私が主人公だったら味わうでしょう。最後にあんなふうに、笑えるだろうか。優しい日本の「いいお話」でしたけど。外国のドラマだったら、おじさん、殺されていたかもしれません。
何に復讐したかったのか
復讐は復讐を生む、とか聞きますが、このドラマでは、主人公が正義のようにも見えます。結果として彼女の復讐が、病院や、奪われそうになった命を救っています。復讐が正義になっている、そんな変なお話です。世の中、やり返したくてもやり返せないことってあると思います。だから、本当に少し、このドラマは希望になったのではないでしょうか。
誰しも頭の中では、復讐したい相手をずたずたにしているのかもしれません。やり返したくてもやり返せない、から、またやられる、そんなこともあるのだろうと思います。例えば、主人公のように、子供時代に不幸に遭遇したり。傷つけた方は、「仕方ない」と言って罪悪感をうやむやにし、責任を逃れることを考え、ひどければ、悪いとも思わないのだから、恐ろしいことです。どうしてそんなことが起こるのか、悪が何なのか、私はわかりません。このドラマを見て、ますますそれが分からなくなりました。泣き叫んでも、怒り狂っても、置いていかれるようなことは、この世になければいい、今作の復讐は、そういう復讐だったのだと思います。世の中の良くないからくりに対する復讐です。
明日美の許さないという心が許すという心に変わったのは、いったん許さなかったからだと思います。悪が「仕方ない」と言いわけするのに対して、善も「仕方ない」と諦めて言ったら、善が悪と同じになってしまう。だから、許さない、と思うことは大事なのです。優しいとは、多分、具体的に努力して助けること、きっとあの金時計を渡した明日美の父のように。刃物から明日美をかばった悠真先生みたいに。殺されても人の心の中に生き続ける人間と、生きているのに心の中で殺されている人間がいるのがよく分かります。。
憎しみの男女差
このドラマは女性の憎しみが描かれます。明日美、女医の伊達、看護師の星野、有馬教授の妻。どれを見ても、女性の憎しみは何かを奪われたときに発生しています。男性はどうでしょう。男性の憎しみは、何かを守れなかったときに生まれるように感じます。どちらも状態としては同じですが、女性は増えることを望み、男性は減らないことを望んでいるように思います。そんな微妙な男女差が垣間見られたのも、今作の深い所でした。それを踏まえて、恨み言のない里中絵梨が大金を得るという展開は明るかったです。登場人物の中では誰とも生き方の違う人だったなと思います。
家族愛の物語
それぞれの家族のシーンが、出てきますが、みんな仲が良いです。このドラマは、家族といるときと、外にいるときの顔が別にあるのを目の当たりにするので、複雑な気持ちになりました。家族が、家族の為に行動を起こします。人間の善悪の視点で見ると悩ましい部分でした。明日美の父は家族と家族以外を区別するところが無く、やはりこのドラマのマリア役だったのだと感じます。星野が、明日美の養父に会って「あんないいお父さんがいるんだから、明日美は悪い人じゃないよね」と気を取り直す場面などは、思い返すと、このドラマのいろんな要素が詰まった言葉だったのかもしれません。
心臓の病で入院している健太だけ家族がいません。ドラマの中では、じっくり注目されるキャラクターではなかったので残念です。彼のシーンには命について、もう少し表現があっても良かったんじゃないかと思います。彼は可哀想なだけでした。せめて、病気が少しでも改善されるとか、友達ができるとか、そんなエピソードも欲しかったです。有馬の健太の家族が無いのをいいことに…とか、子供なのをいいことに…という態度に憎悪を増す仕掛けはよくできていましたが。病院が舞台なので、誰を救うのか、命の平等さを問う作品でもあったと思います。
総評
このドラマは、日本人が作った日本人の感覚の日本のドラマ。裏暗く、湿っぽく、狡猾で、でも最後は許しがある。憎しみがうまく表現されていましたが、徹底的な復讐劇なんて、私たちには馴染まないんですよね、きっと。根本が優しいんです。だからこのドラマが面白い。カメラワークが凝っていて、音楽のタイミングや選曲も良く、新しい感覚を楽しめましたが、その内容は古くからの日本人の好み、人情話だと思います。
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