児童向けに小野不由美の手腕は活かされるか
小野不由美が描く児童向けミステリ
ある雪山で遭難した四人の男女がいた。彼らはある山小屋へたどり着き、そこで一晩を明かすことになった。凍死を免れるため、彼らはそれぞれ四隅に座り、一人だけ起きることにする。一人だけが起きて、ある程度時間が経てば隣の角まで歩き、そこで寝ている別の一人起こし、自分はその場所で眠る。そうすることで順番に睡眠をとることが出来、体力を温存できる、という流れだ。
翌朝、計算どおり、彼ら四人は無事に下山することに成功する……。だが、そのときになって彼らは気づく。
四隅に座った人間。最初に起きていた一人(Aとする)が立ち、隣の角の人間(B)を起こして自分はそこに座る。つまり先ほどまでAがいた場所は、からっぽということになる。Bは次のCを起こし、Cの場所に座って眠る。CはDを起こしDの場所に。最後のDはAを起こしAの場所……という流れだが、Aの場所には、誰もいない。つまり、五人いないと成立しない流れなのだ。
では、無事に下山したという四人は、一体なぜ流れが途切れずに夜の番を交代することが出来たのだろうか……。
これは都市伝説の一種として有名な「ヨツカド」というものである。あまりにも有名なので、とっくに知っているという読者も多いことだろう(ちなみに筆者は劇場版「世にも奇妙な物語」を見て知りました。めちゃくちゃ怖かったです)。
ホラーを得意とする小野不由美は、『くらのかみ』序盤の導入としてこのヨツカドを使った。親戚のうちに集まった四人の子供。親戚同士の集まりに子供の居場所はなく、暇を持て余した彼らは、蔵のなかでヨツカドをやってみせる。
そしたら案の定異変が起こり、四人のはずだった子供が五人に増えている。いぶかしがる子供たちだが、「増えた一人」の正体が突き止められぬまま、親戚の食事にドクゼリが混ぜられるという事件が起こる……。
小野不由美の大好きな「田舎の親族モノ」に「ミステリ」と「ホラー」を混ぜたという作品だ。
小野不由美のファンには物足りない
しかしながら、児童向けの本ということもあって、小野不由美の作品を愛する読者には『くらのかみ』は物足りなかったことだろう。
まず第一に、ミステリなのかホラーなのか色々と中途半端なのである。これは子供向けだから仕方なかろう、と叱られてしまいそうだが、小野不由美には珍しくちゃんと混ざり合っていない気がした。
そして小野不由美の悪いクセだが、とにかく登場人物が多すぎる。
主要人物は少なく、ちゃんと名前を覚えられるし立場も個性も違うのだが、話の本論に関わってくる「容疑者」連中(たとえば「くらのかみ」でいうとおじ、おばの存在)が異常に多いのだ。容疑者たちは名前だけが何度も出るわりに、登場シーンがないので誰が誰だかわからなくなり、犯人がわかったところで「フーン」となってしまう。一本の話を作るのに、こんなに名前だけの「おじ」も「おば」もいるか?と考えてしまうのだ。『屍鬼』で序盤から中盤にかけて、医者・尾崎の見事なミスリードを演出した小野不由美らしからぬ設定だと筆者は思った。
しかし、沼や蔵などで語られる怪談のたぐいのホラー描写は流石で、のめりこむようなじっとりした恐怖感を演出してくれる。
下手にミステリ要素など絡ませずとも、小野不由美はホラーだけで十分面白いものを作れるのに……と歯がゆい思いを抱いてしまった。
作家としてのメッセージはちゃんと込められている
しかし、流石の人気作家だけあって、小野不由美はしっかりと自分の主張を作品に込めている。
というのも、小野不由美は必ず一作のなかに自分のメッセージを入れる作家だからである。『屍鬼』などは隠喩的だが、『十二国記』シリーズなどティーン向けには必ずキャラクターのセリフとして「自分の伝えたいこと」を主張する。
『くらのかみ』では、こうだ。主人公である耕介が父の想一と話す。座敷童は良い妖怪か、という問答のシーンで、父はこう言う。
「お金はぜいたくをさせてくれる。でも、だからこそ、泥棒に狙われたり、誰にお金を残すか、けんかしないといけなかったりする。(中略)富は、よいことを与えてくれもするし、悪いことを呼び寄せもする。気をつけていないと呑みこまれてしまう。得体が知れなくて、油断のならないお化けみたいなものだ。」
ここに小野不由美は『くらのかみ』で伝えたかったことを盛り込んできた。
財産相続を巡る親族のたくらみ。そして子供たちに紛れこんだもう一人の子供。ミステリとホラーを「子供向けの道徳」として落とし込む(あるいは、丸め込むと言ってもいいかもしれない)、小野不由美ならではのまとめ方をされているのである。
こうして見れば、いかにも小野不由美らしい作品だといえるだろう。ドライな見方をすれば、小野不由美が子供向けを依頼されて自分なりに書いてみせた一冊といっていい。
だが、やっぱり人数が多すぎるなぁ……と、小野不由美が好きな故に、苦言を呈したくなる筆者である。大人が楽しめる本ではないですね。
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