深々しい和洋折衷 - ヴァンパイアの感想

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深々しい和洋折衷

4.54.5
映像
5.0
脚本
5.0
キャスト
4.5
音楽
4.0
演出
5.0

目次

意図の読みにくい遊び

本作を観て誰もが必ず驚くだろう。突然と画角が90度横に傾いたシーンが現れる。それは主人公が家にやってきた警察官とその妹と一緒に釣りに来たシーンである。私はこれまで横に傾いた画角での映像を使った映画は観たことがない。あまりに唐突に横に傾いた映像になり、当たり前のようにカットバックも横である。本作が岩井俊二監督作品であるので、また面白い遊びをしたものだなとは思ったが、ずいぶん大胆な遊びである。常識を思いっきり崩してきた手工だけに単なる遊びとして怪訝に思う人も現れるかもしれない映像であると思う。私自身、岩井俊二監督の遊び心は好きだが、今回のこの横に傾いた映像は、発想自体は面白いと思ったが、見づらく、気持ち悪いという印象の方が強かった。さすがに遊びすぎたのではないかとさえ思った。しかし、単なる遊びとしての手工として捉えず、もし意図があるとしたら話は変わってくる。それではどんな意図なのだろうか。あくまで推測だが、私が感じた気持ち悪いという印象が答えに近いのかもしれない。つまり、主人公にとっては他者と釣りを楽しむことは異次元的な気持ち悪いことであり、それを観客にも共有させようと、このシーンは横に傾けた映像にしたのかもしれない。そう考えると大胆にもこの手工に挑戦しただけのことはあると思い、感服する。

またもう一点、度肝を抜かれたのが、風船人間である。ファンタジー的なことをリアルに実施していて面白い反面、正直意味が分からなく一歩引いてしまった。風船によって肩などにかかる負担が軽くなると主人公が説明するので、なるほどなとは思ったがやはり意味が分からない。とても奇怪である。ストーリー的にも必要性はあまり感じないので、遊びでやっている可能性が高いと考えた。しかし、ラストシーンで風船の効果は絶大であった。なぜなら、死んだような母親が息子を助けるために窓から飛び降りた時の、何かから解放されたような軽やかさは、風船が引き出したと思うからである。飛べずにいた鳥がようやく飛びたてたような晴れ晴れしさが、空飛ぶ風船には表現として隠されているのではないだろうか。時間が経ってもあのカットは忘れられない。

岩井俊二作品らしい日本映画

外国人キャストでも本作はやはり日本映画の雰囲気を著しく感じる。それはおそらく作品の時間の流れがゆったりとした和を持っているからであろう。それを生み出すのは岩井俊二監督らしい優しい陰影使いと何気ない芝居、そして日本映画らしいゆったりとした構図の取り方である。つまり、本作は「ヴァンパイア」という如何にも洋画ふうである一方で、邦画らしくもあり、和洋折衷が成されているわけである。具体的に4カ所私が気に入った点を紹介したい。

まずファーストシーンがとても日本映画らしい雰囲気を持ち、素敵である。長回しと引きの構図。廃れた場所と一台の車。去っていく車が小さくなる。これらの連鎖が日本映画らしい雰囲気を生み出し、なんてことないシーンだが、冒頭から引き込む力を持っていた。

次に血液が瓶に入る絵がとても綺麗で印象深い。不気味なことをやっているはずなのに引き込まれる。岩井俊二監督らしい光の使い具合があのように美しく魅せたのであろう。これから始まる物語における重要な〝血〟というものが、グロイものではなく、如何に美しいものかと示されるわけである。

そして、森のシーンは映像も綺麗であるし、お芝居も素晴らしい。不思議な森の雰囲気が今までの世界と一線を描くもので、ここで二人が惹かれあうだけの説得力を持つ。そして、ヒルの下りで、血と絡めて恋愛シーンにした芝居が印象深い。まさに映画マジックであるが、ここまで抵抗感のない引き込まれる魔法は久々で、感動してしまった。

最後に主人公が女のもとを去る時の玄関でのシーン。シルエットというかっこよさ。このシルエットというのが味噌で、一筋縄ではハッピーエンドを迎えられないだろうという予感をさせられる。そして、上で光る〝EXIT〟という文字。ようやく主人公は長い迷路の出口を見つけたということを意味しているのであろうが、さきの予感から素直に喜べない。どことない切なさを表現できているのが素晴らしい。

主人公が辿りついたこととは

本作のストーリーも印象深い。最近の映画は主人公がどこかに辿りつく、答えを見出せたといった内容に仕立てない小難しい映画か、仕立てたとしても浅い内容の娯楽映画が多いと思う。しかし、本作はそれがシンプルに成されているし、深みがある物語であった。

簡単に言えばこの物語の主人公は死んでいるような人で、人に死を与える人間だったが、物語を経て、彼は生を求める生きた人間になり、そして人に生を与える人間になったのである。過去にもこういったことを謳った作品はあるだろうが、本作がその内容から大きく一歩深いところにいけたのは、彼が自殺の要因を遺伝のせいであると考え、自殺を減らすために血液を調べたいなどと、難しく考えていたのが、物語を経て、単純に誰かの存在によって自殺はなくなるということに気付けたということである。筋道は至って単純であるが、〝血〟や〝殺人〟といった難しそうなアイテムで深みをつくり出したわけである。

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