本作品に見る、ケルト思想と宮崎駿との共通点
「不思議」を大事に書いている
イギリス留学中に児童文学者であるベティ・モーガン・ボーエンに師事した、という梨木香歩、本作はタイトルに「魔女」とうたっていることもあり、いくつかの不思議が描かれているのだが、それらが漫画やアニメの「魔法少女モノ」のように明確でなく、大事にぼんやりと描かれている。おばあちゃんのおばあちゃんが結婚する前のこと、まいのお気に入りの「場所」での奇妙な声、同じ場所での美しいビジョンなどだ。これらはまいの体験としてはどうとでも取れる。それはスターウォーズの「フォース」やハリーポッターの便利ツールとしての魔法とは明確に違う。生活の中で自然を共有し、自分を律して正しく生きようとするものが感じられるサイン、という程度だ。児童文学として考えても「このように生きて立派な大人になってほしい」という作者の願いが汲み取れる。
また、「不思議」がおこるタイミングがまいが実社会の常識、思想、ストレスに突き動かされていることが多い、というのも一つのメッセージかもしれない。現代日本社会はスマホ、インターネット、コンビニの普及によって、知りたいことはいつでも知れる、話したい相手といつでも話せる、食べたいときにいつでも食べれる、という意識から「我慢弱く」なっている。しかし自然社会はそうではない。日の出、日の入りに人間が合わせて行動せねばならず、雨風など予測困難なものに大きな影響を受け、用心深くなければ食を得る事は出来ない。
「輪廻」って何だろう。ケルト思想、魔女狩りもちょっと考えてみる
死んだらどうなるのか、と人間なら一度は誰でも考えるだろう。それを子供の立場、中年のパパの立場、おばあちゃんの立場、それぞれで語っているところもこの作品のメッセージの一つだろう。(ストーリー進行的にはクライマックスのおばあちゃんの「ダッシュツ、ダイセイコウ」のメッセージへの伏線という要素が強いかもしれないが)
メインストーリーのおばあちゃんの魂についてはいろいろなところで語られていると思うので、私は鶏の死の事に着目したい。おばあちゃんは「身体をもつことによってしか物事を体験できない」ので「この世に生を受ける」のは「ビッグチャンス」と「輪廻」思想で語っている。地獄―餓鬼―畜生―修羅―人界―天界という仏教的「六道輪廻」の考え方だ。イギリスでは一般的に死後は天国に召されるか地獄に落ちるか、という一方通行的キリスト教思想が主流なのではないか、と思い調べてみたが、アイルランドではケルト民族の死生観が多く残っているらしい。ケルトの思想には自然と共生すること、仏教的「六道輪廻」ではないものの輪廻思想があることなどがわかった。ケルト思想と日本の縄文時代の思想は共通点が多いらしく、もともと「魔女」としての家系でケルトの教えをもって育ったおばあちゃんが日本人である夫の仏教思想と融合した、と考えるとよりスムーズかもしれない。
余談ではあるが、ジブリ作品で有名な宮崎駿もケルト思想と縄文文化が大好きらしく、「もものけ姫」などはその影響が色濃く出た作品らしい(それ故ヨーロッパにも受け入れられたとも言える)。言われてみれば本作もジブリ作品にあってもおかしくないようなテイストを持っており、比較研究してみるのも面白いかもしれない。
おばあちゃんが魔女としての能力を「秩序の枠にはまらない力は排斥される運命にあった」と表現している。これは言わずと知れた魔女狩りのことで、ヨーロッパでは18世紀まで存在したようなので、おばあちゃんのおばあちゃんはまだその恐怖の中にあった、ということだ。更に魔女狩りについて調べると、基本的にはキリスト教からみた異教徒の迫害がベースらしいので、ケルト思想もその対象であったと思われる。この作品では学校のいじめも中世の「魔女狩り」と同様の愚かな行為、と言いたいのだろう。確かに最近のティーン向けの作品にはスクールカーストという言葉や傾向が色濃く出ており、中世的愚かな行為、多様性を認めない独善性の発露としてより教育方針を正すべき時かもしれない。
続編は面白いけど、続けて読みたくない
文庫には続編「渡りの1日」が入っているが、これはそもそも本編発表から2年後に発表された話だ。正直なところ、続編だから一緒に乗せとけ、という考え方が乱暴に尽きると思う。読者としては「西の魔女が死んだ」を読了して余韻に浸っていたい。最後の数ページでまいにも友達ができて頑張っているシーンが書かれているが、どんな友達だろう?とか、魔女修行も続いてみたいだな、とか、勝手にマイインナースペース内でぐるぐる考えるのが楽しいのだ。それを読者を置いてけぼりにして勝手に具体化にされた上、少しラブコメまじりの作風にシフトした少女漫画調のまいを見せられても、読者はあれ?という感じになってしまう。
続編そのものが悪いわけではないだけに非常に残念だ。「桐島部活やめるってよ」についても同じことが言いたい。昭和も中盤ならまだしも文庫本の価格が数百円、学生にとってはきついかもしれないが、お得感など添付する必要はない。読了後の余韻に浸るような本作を踏みにじるような行為だ、と断罪したい
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