ミステリーの女王、渾身の一作 - 模倣犯の感想

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模倣犯

4.504.50
文章力
5.00
ストーリー
4.50
キャラクター
4.50
設定
4.00
演出
5.00
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ミステリーの女王、渾身の一作

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
4.0
演出
5.0

目次

宮部みゆきの代表作にして最高傑作のひとつ

正直に言うと、私は宮部みゆきが好きではありませんでした。最初に読んだのが『レベル7』。最後まで読むことなく本を閉じてしまったほど、「自分とは合わないな」と感じました。しかし、「後味の悪い作品」「どんでん返し」が大好きな私は、友人の勧めにつられて『模倣犯』に手を伸ばすことになったのです。そしてこの作品を読んで、直木賞や山本周五郎賞を受賞するほどの実力が間違いなく彼女にあることを実感しました。

ファンにとっては言わずもがなですが、1986年のデビュー以降『火車』『理由』など数々のヒット作を生み出してきただけでなく、2013年には『ソロモンの偽証』が映画化するなど、いまだ衰えを知らぬ女流ミステリー界の第一人者です。それも、女性ミステリー作家10人に石を投げれば2~3人に当たるような「日本のアガサクリスティ」レベルではなく、彼女自身が一つのジャンルになるような偉大な作家だと言えます。例えば、同年デビューの綾辻行人やその師である島田荘司が書くのは、クレバーな探偵がいてラストでわかりやすく謎解きしてくれるようなホームズ系ミステリーが主流でした。そんな中、本作において彼女は、特定の探偵役をおかずこの壮大なミステリーをまとめあげたのです。まずその手法、そして新たなミステリーのジャンルの確立に敬意を表したいと思います。では具体的にどこが卓越したポイントであるのか、3つの視点から考えていきます。

三部構成

まず素晴らしいのはプロットがよく練られているということ。第一部では犯人は全くわからず、連続誘拐殺人事件がランダムに起こり、警察が何もつかめないまま突然犯人らしき人物が交通事故で死亡してしまいます。ここで一度読者を混乱させておいて、第二部では犯人視点で事件の経緯を描いてゆきます。つまり、第一部ではミステリー要素(フーダニット:誰が殺したか)が全面に押し出されているのに対し、第二部では倒叙小説的にホワイダニット(なぜ殺したか)に重点が置かれているのです。これは他のミステリーではあまり見られません。

通常、倒叙小説(犯人視点で描かれるミステリー)なら、例えば東野圭吾の『容疑者Xの献身』『殺人の門』のように最後まで犯人視点で描かれます。しかし本作は、第一部から第三部まで、様々な視点を織り交ぜて書いています。それが実に計算されており、読者は混乱することなく、一人のキャラクターに感情移入しすぎることもなく、第三者目線で読むことができるのです。

犯人の魅力

次に、この作品を支えているのが、ピースこと網川浩一です。彼は第二部で颯爽と現れ、涼しい顔で人を操り、殺してゆきます。その姿は徹頭徹尾悪役。良心がまるでない、正にサイコパスとして描かれます。そんな彼の姿を見て、私は『デスノート』のライト君を思い出さずにいられませんでした。容姿が端麗で、頭の回転が速く、話術だけで人を惹きつけることができる。そしてためらいもなく人を殺す。更に、自分の犯罪を素知らぬ顔で分析し、テレビや本で世間を惑わす・・・。このように特徴を挙げれば挙げるほど、ライト君に見えてきます。しかし、ライト君との決定的な違いは、網川浩一は殺人を楽しんでいるということです。例えば女子高生・千秋を殺害するとき。ただ殺すのではなく、誘拐してから殺すまでに被害者と会話し、「助かるかも」という希望を与える。そして一度は開放すると伝え、着替えさせ食事を与え、千秋を安心させておきながら殺す。殺すことを楽しんでいる、更に言えば、世間を意のままに翻弄することを楽しんでいるのです。

しかし、一見何の同情の余地もない、正真正銘の悪であるにも拘わらず、段々と表面化する彼の人間性に私は心を打たれました。特に第二部、カズが栗橋浩美に騙されていると知りながらも別荘に来たシーン。「あんな話が本当にあるわけないからだよ」「まるで下手なドラマみたいだった」。今まで愚鈍だとバカにし、意のままになると信じていたカズの逆襲。そこで身の破滅を覚悟した栗橋になおピースが語ります。

「横恋慕が高じて、高井和明は岸田明美を殺した。(中略)高い和明は、これまでの人生でずっと、彼に鼻もひかっけてくれなかった女たちに復讐を始めた—女たちを狩ることによって。どうだい?いいストーリーじゃないか。まさに大衆が求めている筋書きだ」

「ピース・・・それ、今思いついたのか」

「そうだよ。なかなかだろ?」

この、「今思いついたのか」をほめ言葉だと思っているピースに、私は同情を禁じえませんでした。彼はどこまでも純粋で、子供のように嘘に嘘を重ねる。それをなんとも思わない。完璧になりきれないのに自分を優秀だと思い込んでいるところが人間らしくて、憎み切れなかったのです。

ラストの衝撃

そして最後に、この物語の一番すごいところがクライマックスです。テレビで直接対決するピースと滋子。海外の本を持ち出して、「すべて、この本に書いてあることです。」「サル真似ですよ、サル真似。大がかりな模倣犯です」と挑発する滋子に対し、「僕が、この僕が、ありものの筋書きを借りてきて、自分のものみたいな顔をして社会に提供したというのか?僕が?この僕が?」と自白してしまいます。正直ここは賛否両論あり、自称”優秀”なピースが安い挑発に簡単に乗りすぎであるという意見もあります・・・。ですが、私はこのラスト以外にないと感じますし、一貫して描かれてきた彼のプライドの高さを利用した完璧な仕掛けだったと思います。

ですが、私が納得いかないのは、テレビでピースを追い詰めた滋子に対する旦那の手のひらの返しようです。この前まで「俺たち、一緒にやっていけないよ」と言っていたのに、犯人検挙に貢献したとたん「滋子は偉い。よくやった。すごく頑張った」「俺が行くまで隠れてろ」って・・・。私はものすごい嫌悪感と怒りに震えたのですが、滋子は「うん!」と嬉しそうに返事をするのです。こんな男、一緒にいても何にもならないのに。何かと言えば自分の学歴の低さをグダグダ言って、妻が活躍する足を引っ張る典型的なダメ男。この男とすっぱり別れてくれたら、全て円満解決なのに・・・。それだけが残念なので、評価は4.5となりました。

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