晩年という言葉の嘘。 - 晩年の感想

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晩年

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
4.50
感想数
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読んだ人
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晩年という言葉の嘘。

4.54.5
文章力
4.5
ストーリー
4.0
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
4.5

目次

高校の現文教科書に載っていました。

短編集です。私は大学の頃、晩年の講義を受けました。知れば知るほど深みにはまって足は定まらない方向へ無理にでも動かす。けれどそれが正しいか正しくないかは人それぞれの捉え方次第で、私は希望の光を見た気がしますが、その輝きに永遠はなく、人の小さな仕草でおこる風にいとも簡単に消されてしまいそうな危うさが耽美であり、またそれを切望してしまう気持ちを否定できない。誰もが幸せのまま終わって欲しいと願うだろうけれど、その幸せになるために平凡で安全な道へと進まなければならず、しかし、本能で否!と所々諸々の雑念を払拭するのです。鳥肌が立ちました。猿ヶ島、という一編が教科書に載っていたのですが、私は最後まで主人公が猿だとわかりませんでした。読解力の無さもあるかと思いますが、今まで読んだ作品で人間のような思考をする動物が主人公という設定の作品がなかったから素直に主人公=人間となったのだと思います。太宰のはじめての小説集である、と本人の言葉で語られています。最初で最後だからとタイトルを晩年にするあたり、センスの塊だなと感嘆のため息を吐きました。彼の作品は言葉がとても綺麗で、昔ならではの言い回しもリズムよく身体に入ってくるんです。この晩年も短編という強みを持ちながら日本語の美しさで眼前に迫ってきます。また晩年を発行した年齢が27歳という若さ。27歳は何かと鬼門の年齢のように思いますが、27歳という年齢は発展途上だからこその魅力的な作品が生まれる歳なんだなあと確信しました。あと少しで磨き終わるときの自然な才能。完成して仕舞えばあとは汚れにまみれてしまいますから、ここをピークにアーティスティックな方々は自分の能力を高めるんだなあと。

ばらばらしているのに煩雑さが無い。

葉、という物語があります。それは一貫性の無い様々な語り部がさも当然という顔をして連なっています。それはまるで一本の木の無数の葉のように、それぞれが日を浴びて光合成をして、栄養を取り込んでいるようです。その形は様々で、新しく青々とした葉もあれば、虫に噛まれて不恰好になった葉もいて、ぷらりとほんの少し枝についているだけの危うい葉もあります。何を訴えたいのか皆無です。わかりません。けれど、リズムの良さを浸透性はとても高くて読んでいて呼吸が整います。物語と呼吸を合わせるようにして文字を追うことがとても安らぐんですね。私だけかもしれませんが。一貫して死について語っている、らしいのですが、私はその暗さを感じません。彼が死に執着し自分の中心に置くことは生きているからこそできることで、彼はその死を真正面から見据えています。その怯える様が武者震いを隠せない勇ましさを匂わせ、簡単に陰鬱としたイメージで捉えたく無いのです。死に対して望むことを否定する人物も登場します。否定する人間がいるからこそ彼の文章がより生きて、その脈動に力を与えます。何を言いたいかというと、彼は死に対して美を見出している、だからこそ素直な言葉で包み隠さず訴えることができる、力強い人だなあと。

作者の言葉

彼は面白く無い小説を途中でやめる勇気を持てと言っています。常々面白くない小説が増えていると。よくも言えたものだなあと感心してしまいます。彼の絶対的な自信はどこから湧いてくるのでしょう。心底自分の作品が面白いと信じて疑わないのでしょうか。自信無げに周囲からの批判に怯えてるよう振る舞ったり、孤立しないようにおどけてみせたり。彼の真意はまったくわかりません。きっと彼を間近で見たら、私は何も告げずに一緒に身を捧げると思います。彼は言葉の鋭さと周囲を無意識に取り込む魅力を持っているのだと思います。けれど、違った角度から彼を見つめなおすと、単純なことをさも複雑に考え、むしろややこしくしているだけのはた迷惑な人に見えるでしょう。共通して言えることは彼は周囲を巻き込むことが良くも悪くもうまいということ。私はこの晩年の作品たちも彼を取り巻く物事が彼の感性を刺激しピックアップされ、彼独特の美しい日本語で表現された結果だと思います。この晩年に収録されている15編もの話は、中長編の作品の雰囲気を纏っている作品が多いように思います。思い出、という話を読んで私は津軽という作品を思い出しました。太宰は意図的に似せた作品を書いているのか、主軸を変えずに脚色しているのか、わかりませんが作品は静かに腹に落ちてきます。太宰本人は自分の作品を冷静に受け止めている一面もあります。ロマネスクは出鱈目で面白くないと自分で評価しています。しかし、思い出は笑うでしょうと読者に対して投げかけています。この晩年という作品で、美しさを見つけ出せるかどうか、それは読者の黄金権だと太宰は言っています。確かにそうだと思います。美しいか美しくないか、それは読んだ方それぞれで感想が違います。その違いを太宰は望んで、纏まらないキャラクターの濃い作品を集めたのだと思います。

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