痛みと共に生きる人生の歩みを描く - 悲しみが乾くまでの感想

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痛みと共に生きる人生の歩みを描く

4.44.4
映像
4.2
脚本
4.5
キャスト
4.3
音楽
4.1
演出
4.5

目次

デンマーク人女性監督による初の英語作品

2007年作品。デンマーク人の女性監督、スサンネ・ビアが初めて英語で手がけた作品です。俳優陣もハリウッドで活躍するスターたちを起用しています。ヨーロッパの監督が大きなバジェットでハリウッドで撮ると、その監督の良さのようなものが失われてしまうケースが少なからずあるように思うのですが、この作品に関しては紛れもなくスサンネ・ビアの作品、彼女らしい作品だと言えると思います。あらすじだけ見ると、陳腐なメロドラマになりかねないような題材を、上質な人間ドラマに仕上げておりさすがです。隅々まで彼女らしい感覚が行き届いており、どこに目を向けるかについてもぶれがなく、私はやはり彼女の作品が好きだなあと改めて思いました。

スサンネ・ビアの描く男女の愛

主演は、彫刻のように美しいハル・ベリーと、弱くだらしなく、でも優しい、放っておけない魅力をたたえたベニチオ・デル・トロ。
彼女の男女の愛の描き方は甘くなくて、高揚もかけひきもなくて、時にはみじめでさえある。ある意味夢がないのだけど、それでもどうして男女は性愛を含めて愛し合うのかということの本質をすごく見せてくれると思います。

男と女という、違う器官を持った生き物がいて、必然としてお互いを助けるために求め合うということのせつなさと、その動物性のようなもの。我々は皆孤独で弱い不完全な生き物で、だから男は女を、女は男を、同性愛者にとっては性的対象としてのそれぞれのパートナーをどうしようもなく求めてしまう。どうしてそれを責める事ができるだろう。ビアはそういう愛を描くのです。

この作品においても、主演のふたりそれぞれ、良くも悪くもこれが女性という生き物だし、男性という生き物なのだよなあ、
としみじみ思わされて、その深みのある人物造詣にうならされました。

また、細やかな演出も高い効果をあげていました。目や手といった体の一部のクローズアップを多用する撮影も、緊張感と細かな感情の機微をよく表現していて、なおかつ美しかったです。

「人が生き抜いてゆく」歩みを描く

そして、やはりこれはスサンネ・ビアだなあ、と何よりも思うのは、「人が生き抜いてゆく」こととは、どういうものなのかという事を、すごく考えているという部分です。

人は、生きている中で色んな事件や不幸に見舞われる。多くの映画では、普通、そのアクシデントなり事件そのものが映画のクライマックスであり肝になるのですが、スサンネ・ビアの映画においては、「そういった堪え難いような辛いことを背負いながら、人が生き続けてゆくこと、生きる事を投げ出さず」という部分を丁寧に追い、描いてゆきます。その悲しみに満ちた、のろのろとした歩みを。

人に様々なかたちで降りかかる辛く苦しいことは、多くの場合簡単に解決されることはなく、どこまでもどこまでもそれを背負って生きてゆくしかないということが誰しも人生にはあると思います。ごまかしごまかし、痛みと共に生きるしかない。

そのような中で、人がそれぞれその人なりに必死にがんばって地道に生きていること、また時にはふと向けられる優しさに涙すること。迷惑をかけたり、かけられたり、受け止めたり、受け止めてもらったり。ぎりぎりの中でそうやってなんとか支え合って生きているのが人生の真実なんだ、ということを彼女はじっくりと描いていきます。人間がいとおしくなります。

薬物について

スサンネ・ビアが一貫して描くのは、点でなくて線としての人生のありようです。本作の大きなテーマのひとつである薬物についても、彼女はその延長線上においてじっくりと静かに見つめていました。

ベニチオ・デル・トロはどうしても薬物をやめられない、その事で自分自身の人生を台無しにしている、それさえ無くせば色んな能力が発揮できるのに、どうしてもやめられない、半ば自暴自棄との間を繰り返す男です。

最近日本でも有名な野球選手が覚せい剤で逮捕されていましたが、メディア上では「裏切られた、騙した」「弱虫だった」と制裁的な意見が大半を占めているように見えます。日本では、これに限らずどんなニュースにおいても、簡単に何かひとつをけしからん、と断罪し、「どうしてこのような状況に至ったか」ということに思いを馳せることをあまりしません。何事も、根本的な問題の多くは複雑で入り組んだものにならざるを得ませんから、考える事が面倒くさく、気鬱でもあるのでしょうし、同時に何かの側を一方的に断罪することで、「自分はそちらの側じゃない」という位置に自分を置いて、安易に安心したいという心理もあるのでしょう。

ですが、この映画を見るとそのような姿勢はとても未熟で、何より「何のたしにもならない」ということが、はっきりと感じられます。安易に思考停止したくなる自分を省みて、反省させられます。

人は皆弱く愚かで、悲しいくらい愛情を求めている。また誰しもいつでも断罪される側になりうる不安定な存在なんだということを受け止めない限り、誰も誰かを救うことなどできないのだと思います。

ジェリー(ベニチオ)を気にかけている薬物依存者の会の若い女性、もうすっかり立ち直って清々しい笑顔ですっくと立って生きているように見えるその女性に、オードリー(ハル・ベリー)が軽い調子で、薬物を断ってどれくらいになるの?と訊くのです。そうすると彼女は間髪入れずに「○○○○日」と笑顔で言います。何千日という日々を、今日も薬物を断って生きられた、という祈るような思いで、一日一日カウントし続けながら生きていることが分かります。

投げ出したくなるような人生を生きてゆく人たちを描く彼女の映画を、これからも見続けてゆきたいと思います。

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