人生の指針、のひとつ - うつくしい人の感想

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うつくしい人

4.334.33
文章力
4.17
ストーリー
4.33
キャラクター
4.50
設定
4.17
演出
4.00
感想数
3
読んだ人
4

人生の指針、のひとつ

4.04.0
文章力
4.0
ストーリー
3.5
キャラクター
4.5
設定
3.5
演出
3.5

目次

本を読む意味

私にとって本というものは、自分が言葉にして整理できない感情を代弁してくれる存在です。読書は、ごちゃごちゃした部屋を片っ端からさらにひっくり返してある物をすべて出し、そして一から片付けなおす作業に似ています。物語が進むと、だいぶ片付いてきたな、と安心した途端、やっぱりここに片付けると厄介だな、とか、これは捨てずにまだ持って居よう、とか、整理をつけているそばから物が増えたり気を取られたり、あっち行ったりこっち行ったりしてなかなか終わりません。でもそれが作品中の転換期だったり、展開部だったり、問題解決のきっかけになったりするのです。あまり作業が進んでいないように見えて、実はぽんっと道が開けるための停滞だったと、終わってからその重要性に気づくんです。

この西先生の小説はまさに回復の物語で、うつくしい世界で生きているうつくしい人を心から求めることへの抵抗感を取り払うことで、主人公は自分を確かに見つけるのです。ごちゃごちゃした周囲の視線や声を一度洗いざらいぶちまけて、いるものと要らないものを分別し、そしてその中で埋もれていた一番ほしかったものを見つける。大人になるとそれがなかなかできないということが悲しいことなんですが、しかし、主人公はがらがらと崩れ落ちた自分の理想を捨てることができます。私はそんな主人公の強さと健気さに読んでいて抱きしめたくなりました。手は届かないけれど、私は読み終わってからそっと本を抱きしめました。他人事のようには思えなかったからです。私も同じように、主人公とその姉の両方を持っていたから、この二人の女性は私だと思えたのです。だから、とても大事な一冊になりました。

ふたりの男の人

主人公は旅行に出かけます。会社を辞め、家に引きこもり、意味もなく泣いて疲れ果てた主人公は、このままではいけないと思い立ち、離島のホテルへと旅立ちます。幸い仕事を辞めても主人公の実家が裕福なためお金には困らず、他人からしたら羨ましい環境にいます。そこでふたりの男性に会います。ホテルのバーで働く坂崎、ドイツ人の青年マティアス。このふたりは会って間もない間柄ということもあってか、主人公への興味がそれほどありません。主人公は一度自分がどういう状態でこのホテルに来たのかを説明するのですが、酔いに任せて早口で語るその自分の苦しい思いを、早すぎて聞き取れなかったからもう一度ゆっくり話して、なんてお願いをするのです。マティアスは日本語に不慣れということもあり理解できるのですが、坂崎がまたぽかんと呆けてくれたおかげで、一大決心して自分の抱えている悩みを吐露したのに、他人にしてみればそれほど重たくはないもの、と位置付けられたのです。主人公も思わず笑ってしまいます。そしてつかえていた苦しいものが取れ、きちんと整理できたのです。ふたりの男性との交流で、主人公のたまっていたごちゃごちゃしたものがひとつずつ整理され、紐解かれ、そして最終的には大事なものを見つけることができたのです。

ふたりにはふたりなりの事情があり、そのホテルにいるのですが、だからこそ主人公の事情も他人が軽々しく触れていいものと判断しなかったのだと思いました。このふたりだからこそ、友人や恋人ではないからこそできた交流だったと思います。

うつくしい人

主人公は無垢で純粋な姉を馬鹿にし、周囲に同調していました。それは自分自身がうつくしい人にはなれないから、なったら、周囲から弾かれてひとりになってしまうから。本当は、一番大事にしたかった人がお姉ちゃんでした。それが、主人公の探していた大事なものでした。知らず知らずのうちに心の隅に追いやった姉が、回復とともに紐解かれて箱から出てきます。

「なっちゃんが満タンになった」

主人公が涙するとお姉ちゃんはそう言いました。そう、主人公が涙するときはいつもお姉ちゃんが一番してほしいことをしてくれて、一番そばにいてくれたことを思い出せたのです。これが主人公の回復でした。ようやく向き合うことができたのです。

私は泣くことが大人になるにつれ、段々と出来なくなるんだなあ、と少し寂しく思いました。泣くことで気持ちがすっきりして心の波が落ち着くんです。それが大人になるとできなくなり、それと反比例して苦しくて辛いことが増えてきます。周囲と同じことを強要され、馴染むことを急かされます。周りと違うことを否定され、そして存在を消そうとしてくる他人と戦うなんて、一度解決してもまた新たな敵が出てくるこの世の中ではすぐに疲れてしまいます。多くの言葉で自分を見失います。うつくしいということを保つには、とても体力と気力のいることなんです。私は中学生の時によく通信簿に「まっすぐすぎるところが心配です」と書かれていました。素直なことが悪いとは言いません。でも、自分だけではなく数多くの他人が生活を営む社会で、それが通用せず自分の首を絞めることになる、と忠告していたんだなと今になって理解できるのですが、当時はそのコメントに敵意を抱いていました。自分の存在を否定されたようで、理解してくれない寂しさが込み上げました。

うつくしい人の世界と、大人になるという世界をふたつ持つことも叶わない、それが現実ですが、無垢であることをうつくしいと思う気持ちは、大事に持っていたいなと思いました。

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うつくしい人ってどんな人?

西加奈子の得意路線西加奈子の小説には常に精神的問題を抱える人が登場する。自分自身に対するコンプレックスや、精神疾患とも思える痛い傷を背負っている場合もある。それを認めつつも、ダメな自分でもいいと思って生きていくというパターンと、ダメな自分を肯定も否定もできないまま、何一つ変わらない今を生きていく、というパターンに分けられると思う。勝手ながら、私は読み手に希望を与える前者の作風を白加奈子、闇のみを提示して敢えて希望に走らないパターンを黒加奈子と呼んでいる。 本作は白加奈子の代表的一作だ。主人公蒔田百合は上手く生きれない自分を棚に上げて、姉や旅先で出会う人たちを見下し続ける。しかし、色々な体験と出会いで周囲の人々が、立派ではなくても悪くはないことに気付き、その延長で少し自分も肯定できるようになる。主要な登場人物は全て問題を抱えており、一見ダメな人ばかりだ。それぞれのキャラを考察することで本...この感想を読む

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最初は重いが、終わりは軽やかな話

「満タンになった」事で、仕事を止めてしまった主人公の百合は、外出もできなくなり、そんな自分を認めたくなく、払拭するため、瀬戸内海の島に建つ、新しいリゾートホテルに4泊5日の旅をします。そこで、坂崎というバーデンダーと、マティアスという有閑ドイツ人青年と出会って…という話です。まず、思ったのは、最初が重い話なので、精神的に病んでいる時には、読むのは止めた方が良いんじゃないかと。最後は軽やかになって行きますが、それまで、自ら(百合)の病んでいる所や、その姉の病んでいる所を何度も読まなければならないので、気持ちが落ち込んでしまう可能性があるからです。三人が仲良くなり、いくつかの出来事を通して、百合の重かった気持ちが軽くなって行き、いつしか姉を認められるようになり、新しい一歩を踏み出すきっかけを得る事ができたのは、軽やかな終わり方で、とても良かったです。その後のマティアスと坂崎の会話や、百合と...この感想を読む

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