高校生の壁 - インストールの感想

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インストール

3.713.71
文章力
3.86
ストーリー
3.71
キャラクター
3.43
設定
3.86
演出
3.57
感想数
7
読んだ人
12

高校生の壁

4.04.0
文章力
4.5
ストーリー
4.0
キャラクター
3.0
設定
4.0
演出
3.5

目次

すべてにおいて価値を見いだす

受験勉強に追われる朝子は突然何もかもがどうでもよくなり、部屋のものを片っ端から捨てます。大変な思いをしてまですべてを捨て去り、自分の身分である高校生、受験生という肩書までも捨てようとします。そこから物語は始まります。

作者である綿矢りさも、このとき17歳という若さで華々しくデビューを飾ります。それに影響されて、昨年の芥川賞受賞者である羽田圭介先生が感化され、黒冷水でデビューするのですが、それは別の話になるので割愛。

高校生の心情を生々しくリアルに表現できるのは、やはりリアルを生きている作者だからこそだと私は思いますが、本人は決して登場人物に自分を反映させるということはしないそうで、登場人物=作者と思われることに戸惑いがある、と大物作家さんとの対談でおっしゃっています。なので、主人公の心情が作者自身感じたリアルな感想ではない、けれど、思ってもいない焦燥感を自分のもののように自在に表現できるということは、心のどこかで受験に対する不安や、将来への現実味のない夢だったりは抱いていたのではないかと思います。

すべてのものを捨て去るところから物語が動き始めるのですが、捨ててみて初めてその価値がわかる、例えば、恋人と別れて初めて相手の優しさや大切さがわかるのと同じように、離れてみなければわからない価値を見いだすために捨てるという行動に出たのではないかと考察します。

実際作品のラストに、チャットで稼いだお金で捨ててしまった家電だったりマンガ本を買いなおそうと提案するシーンが描かれているので、捨てたことへの後悔とそのものへの価値を見いだすことができたからではないかと思いました。

バカボンドを捨てるなんて、けったいな。と最初を読んで思いました。

エロチャットと小学生男子

インストールの名前の通り、おじいちゃんに買ってもらったパソコンをほとんど使わずに捨て去った主人公は、小学生の男の子と出会い、そのパソコンを譲ります。そしてそのパソコンでエロチャットの代行のアルバイトを始めるのですが、小学生は学校があります。高校生という身分を捨て去った主人公は高校へ通っていないため、昼間だけ代わりにチャットをしてほしいというお願いを聞き入れます。

なんだその設定。と私は思わず笑ってしまいました。普通の高校生作家であれば、純粋な恋愛小説や、日記のような小説を書くだろうと思うのですが(恥ずかしながら実際に私がそうだったので)綿矢先生は世間を見る目が鋭角、それか恐ろしいほどの鈍角から見つめています。小学生と手を組んで不登校の間だけエロチャットの代行の代行をする、なんて、発想が突き抜けていて、これも綿矢ワールドなのだなと、次作、そのまた他の作品を読むうちに理解しました。彼女は独特な作家です。そして、文章をまとめ上げる能力が桁違いに持っています。こんな素っ頓狂な設定でも、きちんと主人公と少年が成長して、自分の問題を解決するために軌道修正するのですから。

親は子どもをちゃんと見ている

脇役ではありますが、主人公の親も少年の親も、いいスパイスとして登場してきます。そして、きちんと子供の行動を見守り、見届けようとします。口調がきつくなったり、実は子供を追い込んでいるという言動もありますが、ちゃんと見て知っています。主人公は部屋のものをすべて捨て去ったことを親には言いませんでした。そして、主人公は親にばれていないと信じていました。何も知らないなんて、それでも親?と少し寂しくもなるのですが、ばれたらばれたで、もっと心配してよと甘えようとします。そこはぐっと言わずに堪えるのですが、自分の気持ちしか見えていなかった主人公が、母親の泣いている姿を見て驚き、家を飛び出します。そして、少年の親も少年と主人公がこそこそと何かしていることも知っていて何も言わずに見守っていました。ばれてもなお何も言わず、主人公が勝手に家の鍵を開け、入るのを許します。

複雑な家庭環境なのですが、親は親で無関心に見えて実は子供のことで頭がいっぱいということを、子供は当然知るわけがないのです。子どもはいつでも親の関心を欲します。自分の価値を示してほしいのです。それは誰でも思うことで、親だって思います。けれど、親は子供がいることで自分の価値を見いだすことができます。まあ、それは人それぞれですが、少なくとも私は子供がいるから頑張れる、耐えられると思う場面が何度もありました。子どもに親の価値を押し付けるのは間違っていると思いますし、自分とは離して考えなければいけないのですが、子供は自分がいることで親が頑張れるということを知らないのだと思います。だから簡単に甘えたり八つ当たりしたり、わがままが言えるんだと思います。

それも成長過程なんでしょう。自分の価値を探して探して、見つけられなくて、でも迫ってくる受験からは逃げられなくて、主人公は思い切ってすべての捨てたのです。

ごちゃごちゃしたものが取っ払われたら、自分の価値が見つかる気がしたのだと思います。

でも、どこを探しても何をしても見つからない。チャットをして、自分の打ち込む文字を求めるお客を相手に自分の存在を確認してみても、でもそれは本当の自分じゃない。

そこで初めて、すてたものの価値がわかるのです。自分が自分でいるためには、元の生活に戻らなければいけない。そこで頑張ることで、今度こそ価値が見出せるかもしれない。

私はなんちゃって受験生だったので努力という努力はしませんでしたが、エロチャットを止めた後の主人公は、目の前の勉強の価値がわかり、前に進めるのではないかと思います。そう、願います。

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