禁断の技術とゆがんだ正義の恐怖
『しゃばけ』シリーズや『まんまこと』など江戸時代を舞台とした小説で有名な畠中恵さんの現代小説です。 火事で亡くなったはずの親友が遺品の携帯電話を通して語りかけてくるというホラーっぽい設定で始まる推理物です。親友のアドバイスやアウトローなところのあるおじさんとともに、親友の死の秘密を探っていきます。その中で明らかになっていくのは、主人公の出生の秘密です。 そこにあったのは、クローン人間という禁断の技術です。倫理的な側面から論じられるクローン人間問題ですが、この小説では加えてさらに『遺伝子』の問題を提起しています。クローンを作る過程で生じた遺伝子の問題は、動物のクローンの段階ですでに明らかにされていますが、それが果たしてその個体1代で終わるものなのか、それとも、その個体が子どもを作った場合、子子孫孫受け継がれていくものなのか――それは、まったく明かされていないという事実を突き付けられて、ぞっとします。 そして、その事実を突き詰めるあまり、主人公のように不妊治療の一環として、こっそりと作られたクローン人間の抹殺を図る1人の医師。彼は、そうすることで、人間全体に遺伝子異常が広がることを防ぐ正義の使者であると信じているのです。しかし、だからと言って、この世に現に存在している命を抹消していいのか? 江戸時代を舞台にした小説では、重い内容を織り交ぜてあっても軽妙さを失わない畠中作品ですが、この作品は、現代もののせいか、全体的に重苦しい空気に満ちています。それが現実味を増しているともいえますが、従来の畠中恵ファンからすると、いつもの魅力が半減してしまった気がして、少し残念です。
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