辰巳八景の評価
辰巳八景の感想
江戸人情のお手本。
江戸の市井の人々の悲喜こもごもを、味わい深く切り取った短篇集。煎餅屋の娘、辰巳芸者、鳶の女房…など、一般人とはいえ、バリエーション豊かな江戸の場面場面を、的確な筆致で描写する手腕には、うまい、と唸らざるを得ない。特に、それぞれの職業についての細かい観察がするどい。辰巳芸者の立ち居振る舞い、鳶の女房の鯔背な仕草。それらが話の中で巧みに描かれ、いきいきとした人物像を思わせてくれる。この作品は短篇集であるにもかかわらず、時間の厚みを感じさせてくれる点も見逃せない。「佃島の晴嵐」では、父娘二代に渡る町医者の葛藤を、「やぐら下の夕照」では、二十年以上の時を経ても繫がるものがあるのか?という繊細な気持ちのやりとりをすくい取って見せた。「職人」山本一力の本懐、江戸人情の新しいお手本というべき作品です。