報道における悪意の不在(ABSENCE OF MALICE)の意味を問いかけた社会派ドラマの秀作「スクープ 悪意の不在」
この映画「スクープ 悪意の不在」は、1981年製作のシドニー・ポラック監督による社会派ドラマの秀作です。 シドニー・ポラック監督は、この映画も含めた過去の映画界への貢献により1982年度のベルリン国際映画祭にて特別表彰を受けています。 第54回アカデミー賞でポール・ニューマンが主演男優賞候補、メリンダ・ディロンが助演女優賞候補、脚本のカート・リュードックがオリジナル脚本賞候補、サリー・フィールドが第39回ゴールデン・グローブ賞でドラマ部門の主演女優賞候補になっています。
マイアミ港湾労働組合のリーダーの失踪事件が発生しFBI捜査班は事件の解決を焦り、マスコミを利用してある人物を重要容疑者に仕立て上げます。 映画は、犯人を追うFBI捜査班、政治的な野心に燃える検事、特ダネをスクープしようとする記者、そして容疑者に仕立てられて復讐に燃える主人公を重層的に描いていきます。
FBI捜査班はマイアミ港湾内で酒類の卸商を営むマイケル・ギャラガー(ポール・ニューマン)を重要容疑者に仕立てるために地元の"マイアミ・スタンダード紙"の女性記者(サリー・フィールド)に巧みな誘導でリークし、大々的にスクープとして報道させます。
ここでの大きな問題点は、この女性記者は事件の"裏づけ"を全くとらないまま報道してしまった事です。 FBI捜査班がこの男を追っている事は事実ですが、容疑者という観点から言えば真実ではありません。 この記者は、ジャーナリストとしてその事実が真実であるかどうかという事を綿密に調べる義務と責任があったと思います。
仮にその報道が間違っていたとしたら、その報道された人間は容疑者としてレッテルが貼られ、社会的な地位も信用も抹殺され、人間としても大きな心の傷を抱え、例えようのない怒り・苛立ち・悔しさをもったまま一生を過ごさなければなりません。 また報道される事によって多大な迷惑をこうむる家族・近親者達の人権・生活はどうなるのかといった複雑な問題も内包しています。
映画はこのようなメディアの社会的な責任とそれを受け取る我々国民の偏見の問題をシドニー・ポラック監督と脚本家のカート・リュードックは突き付けてきます。 この映画の原題でもある"悪意の不在"とは、元々、法律用語で仮に新聞等のメディアが誤った情報を報道した場合でも、そこに悪意がなかったとわかれば責任を免れる事が出来るという事を意味しています。
この映画における各々の立場の登場人物達のいずれにも悪意は存在しないように見えます。 しかし、結果として登場人物全員が全て悲劇的な結末を迎えてしまうという事から報道の在り方、怖さについてあらためて考えさせられます。
このメディアの報道の在り方については、新聞記事の大部分が客観報道という名のもとで"~によれば"とどこかの情報源に依存する事で主観報道からの世論の避難を免れる為の防波堤になっているような気がします。 悪意さえなければ、仮に間違った報道をしても法律的な観点からは許されるという姿勢で、人間を傷付けてしまうメディアへの警鐘を鳴らすというこの映画のテーマには深くて重たいものがあります。
主演のポール・ニューマンは、この映画の翌年の1982年に「評決」(シドニー・ルメット監督)、1986年に「ハスラー2」(マーティン・スコセッシ監督)に出演し「ハスラー2」ではアカデミー賞の最優秀主演男優賞を受賞する等、彼のキャリアの中で円熟期を迎えていた頃の出演作でもあり、彼のいつもの自然体のスタイルの中で、激しい内面の怒りを爆発させる演技には、あらためてポール・ニューマンという俳優のアクターズ・スタジオ仕込みのメソッド演技の真髄を見たような気がします。
一方、ポール・ニューマンと演技の火花を散らすサリー・フィールドは1979年に「ノーマ・レイ」(マーティン・リット監督)、1984年に「プレイス・イン・ザ・ハート」(ロバート・ベントン監督)の演技でアカデミー賞の最優秀主演女優賞を受賞する等、まさに女優として脂の乗っていた頃の出演作でもあり、演技派女優としてのうまさを見せていました。
演出のシドニー・ポラック監督は、1982年の「トッツイー」と続き、1985年の「愛と哀しみの果て」でアカデミー賞の最優秀監督賞を受賞しています。 個人的には1969年の「ひとりぼっちの青春」、1972年の「大いなる勇者」、1975年の「コンドル」が特に好きな映画です。
脚本のカート・リュードックは、作品数は少ないですが、1985年の「愛と哀しみの果て」でアカデミー賞の最優秀脚色賞を受賞し、1999年の「ランダム・ハーツ」でシドニー・ポラック監督と組んでいます。
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